大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
明日香の話を、敦は難しそうな顔をしたまま聞いていた。
どこの銀行や保険会社のものだったか、どんな内容の書類だったのか、明日香の記憶はあやふやだ。
燈生にも、それらの書類が相続放棄のものだったら難しいことになりそうな予感がした。
「このところ自宅に頻繁に電話がかかってきてるって言ったけど、不動産会社からかもしれないなあ」
「そうでしょうか」
不安げな明日香の表情が気になった。
「なにかメッセージは残ってる?」
「いえ、なにも。すべて非通知ですし」
今のところ、職場や携帯には電話はかかってきていないという。
燈生は力なく項垂れている明日香に、なんて声をかけていいかわからない。
励ましたくて、その細い肩に伸ばしかけた手をグッと我慢する。
「色々と調べてみるけど、難しい案件だと思ってください」
「は、はい。よろしくお願いいたします」
明日香は顔色も悪く、見ていても辛そうだ。燈生は敦に目配せしてから声をかける。
「とりあえず、今日のところは帰ろうか」
燈生が立ちあがると、明日香もつられるようにソファーから立った。
「家まで送るよ」
「すみません」
叔父からあれこれ言われたショックから抜け出せないのか、明日香は燈生の言葉に素直に従う。
「大丈夫か?」
「はい」
なんとか返事はするのだが、とても大丈夫だとは思えない。
すでに外は真っ暗で、ネオンがきらめく時間だ。
燈生は明日香を支えるようにして、弁護士事務所から出た。
***
事務所から出ていくふたりを、敦は見守っていた。
女性に対して細やかな心配りをする従兄弟の姿なんか、想像したこともなかった。
どちらかといえば無表情だし、クールな性格だとばかり思っていたのだ。
(珍しいもの見せてもらった)
女嫌いというほどではないが、その生い立ちから女性関係には慎重な男だと知っている。
小田明日香という女性が従兄弟にとってどういう存在なのか、敦はなんとなく興味が湧いていた。