大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
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「夕食はまだだろう? 食事にでも行こうか」
ぼんやりと助手席から外を眺めていた明日香は、ハッと我にかえった。
声かけてくれたのは、隣にいる坂野燈生だ。
車に乗って住所を伝えたので、カーナビゲーション通りに運転している。
元気のない明日香を気にしてくれたのだろうが、燈生から食事に誘われても食欲などなかった。
「いえ、大丈夫です」
燈生の心遣いがありがたかったが、偶然とはいえ迷惑をかけてしまってた申し訳なさが先にたつ。
「明日からは住むところを探さなくちゃ」
わざと明るい声で前向きな言葉を口にしてみたが、カラ元気なのはまるわかりかもしれない。
「家のこと、諦められるのか?」
「私がワガママを言っても、どうしようもない気がして」
祖父の代まで小田家は呉服の卸問屋を営んでいた。
祖父が亡くなって、叔父は洋服販売の会社を立ち上げた。
代替わりしたとたんに方向を変えたのが裏目に出たのかもしれない。
叔父の借金はどれくらいあるのだろうか。銀行以外からも借りているのだろうか。
明日香が住んでいる辺りの土地の価格を考えれば、屋敷を売ればそれなりの額になるはずだ。
きちんとした説明がないまま家を出ていけと言われたことに、明日香は強いショックを受けていた。
「叔父さんの会社がつぶれたら、従業員の人たちも困るでしょうし」
「そうだな」
明日香は自分の住むところより、従業員たちの生活が気になった。
会社が倒産してしまったら大変なことになる。
すぐに再就職できればいいが、古参の社員の中には年齢的に難しい人もいるかもしれない。
「住むところを探すといっても……」
運転している燈生が、心配そうな顔をしているのがわかった。
こんなトラブルに巻き込まれた明日香は、世間知らずだと思われているのだろう。
「病院に近いところを探します。ひとり暮らしですから、なんとかなると思います」
明日香は自分に言い聞かせるように話したが、燈生は黙ったまま聞いているだけだ。
端正な横顔からは、なにを考えているのか想像もつかない。
やがて車は小田家に着いた。
「遅くまですみません。本当にありがとうございました」
明日香が車から降りようとしたら、グッと腕をつかまれた。
「待って」
門の辺りがパッと明るくなった。
センサーライトがついたので、不審な男たちの姿が燈生の目にとまったらしい。
明日香が目を凝らしてみると、どうやら黒っぽい服装の男性ふたりが家の中を伺っているようだ。
「誰だ?」
燈生が車から大きな声をかけると、ふたりの男は無言でそのまま走り去ってしまった。
「もしかしたら、不動産会社の関係者かもしれないな」
叔父が借金をしている相手は、少々問題がありそうだ。
「大丈夫か?」
また燈生から、何度目になるかわからない言葉をかけられた。
すぐに大丈夫だと答えられない。
黒ずくめの男たちを見て、恐怖心がわき上がってきてしまった。
ひとりで家にいたらどうなっていたか、そう思うと恐ろしくて体がプルプルと震える。
古い家というのはセキュリティーも甘いし、近所にはお年寄りしか住んでいない。
いざという時、明日香ひとりでは太刀打ちできそうにもなかった。
ここにひとりぼっちだと思うと、今夜は眠れそうにない。
「うちに来るか?」
「え?」