大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
橋を渡ってから、川沿いを数分走った。
車が停まったのは高層マンションの地下にある駐車場で、明日香はそのまま燈生が住んでいる最上階へ連れてこられてしまった。
さすが高級な物件だけあってトリプルロックだし、セキュリティーは万全のようだ。
明日香の安全を思ってくれた理由がなんとなくわかった。
部屋の中は明日香の想像を超えていた。シンプルな内装で家具も少なめだが、ゆったりとした空間が広がっている。
大きな窓からは遠くまで夜景が見渡せて、いっそうゴージャスな雰囲気だ。
「そこに座って」
白木の美しいソファーを勧められたので腰をおろすと、明るい茶色の皮のクッションが心地よく体に馴染んで沈む。
いつまでも座っていたくなる柔らかさだ。
病院では誰もが従う優秀な外科医なのに、今は明日香ひとりに気を遣ってくれている。
温かい紅茶まで淹れてくれた。
「よかったらブランデーを垂らすといい」
「いえ、このままいただきます」
いまだに手が震えそうだから、明日香は両手でゆっくりカップを持って、ひと口目を味わう。
「美味しい」
ホッとひと息つくと、緊張がすこしほぐれた気がした。
「よかった」
しばらくはお互いに無言だった。
その静けさが、けして気まずくはない。
時おり視線が合うが、紅茶を味わう余裕が生まれるくらいには落ち着いてきた。
明日香の変化に気がついたのか、燈生が静かな口調で話しかけてきた。
「無理に連れてきたようで、すまない」
「いえ、私こそ厚かましくお邪魔してしまって」
彼と目が合うと、切れ長の瞳に魅入られてしまいそうでドキッとする。
「実は、君に頼みがある」
目の前の人は、少し口ごもった。
「頼み? ですか?」
燈生のような立派な医師が自分に頼みがあるなんてと、明日香は戸惑う。
「君をここに連れてきたのには、理由があるんだ」
スッと無表情になった燈生を見て、仕事の話かと明日香は身構える。
「実は……」