大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~




「帰国してやっと環境に慣れたばかりなのに、父と叔父には迷惑してるんだ」

確かに医師としての仕事を優先したいなら、あれこれ干渉されては落ち着かないだろう。

「それに親の決めた政略結婚なんて、今どき信じられないだろ?」

苦笑いしながら燈生は明日香に同意を求めてくるが、理解できない。
坂野家の事情と仮の婚約者という話が、明日香の頭の中で結びつかないのだ。

「俺が婚約すれば、父の勧める政略結婚を断れる。その婚約者が坂野家に相応しくないとわかったら、病院を継ぐ気がないと叔父が認めるだろう」

明日香がポカンとしているのがわかったのか、燈生が丁寧に説明してくれた。
一石二鳥だろうと、燈生はこの案が気に入っているのか満足げだ。

「は、はあ」

明日香が突飛な話しをやっと理解しかけたところなのに、燈生はどんどん話を進めていく。
それも明日香が引き受けるという前提でだ。

「住むところがなくなるなら、俺の婚約者としてここにいればいい。怪しい不動産業者や借金の取り立てが来ても、このマンションならセキュリティーはしっかりしていて安全だ」

叔父や不気味な男たちから逃げられるのは助かるが、一緒に住むなんて問題がありすぎる。
明日香の心配を感じとったのか、燈生が砕けた口調になってきた。

「なにも心配しなくていい。父や叔父には君の名前は伏せておくからね」
「でも」

「俺は信用ないかな? 男として、君に手を出さないと誓うよ。仕事で病院に泊まることが多いし、単なるルームシェアだと思ってくれたらいい」

そこまで言われたら、明日香が意識し過ぎているようで反論の余地はない。

「でも、どうして私なんでしょう。坂野先生ならいくらでもお相手がいらっしゃるのでは?」

「君は俺にも坂野総合病院の院長の妻の座にも興味がないと感じていた」
「はい、特には」

正直に言い過ぎたからか、少し眉をひそめている。

明日香だって坂野燈生という人が医師として優秀だし、患者や職員たちからとても人気があるのは知っている。
一見クールで仕事に厳しいが、患者さんにはとても優しいし、子どもの患者からも好かれている。
若い女医の中にはアプローチしている人もいるらしいが、明日香にすれば手の届かない存在だ。
院長の妻なんて荷が重いし、恋愛の対象とすら考えたこともない。

「だから、君に頼みたいと思ったんだ。野心のある女性には言い難いだろう、こんな形だけの婚約なんて」

唇を少し歪めて笑う顔までが絵になる人だ。

言われてみれば、結婚したがっている女性に婚約者のフリを頼むなんて誤解のもとだ。
相手が本気にしてしまう危険を冒してまで、頼める話ではない。
それに名家のお嬢様がこんな話を引受けるはずはないし、芸能人だと嘘がバレたら大変なことになる。

こんな面倒なことを頼まれた事情がやっと飲み込めた。




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