大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~

「いや……」

いつになく歯切れが悪い。
コートを脱いでリビングのソファーにドカッと腰を落とすと、項垂れて顔を両手で覆っている。

「お熱でもあるんじゃあ」

体温計を探そうと思ったら、燈生が顔を上げて明日香の方を見た。

「明日香、ここに座ってくれ」

大事な話がありそうだ。
明日香は恐る恐る、燈生がここと差したソファーのすぐ隣に座る。

「母に会ってきた」
「お母様?」
「俺の生い立ちまでは話していなかったな。俺を産んでくれた母だ」

その意味はピンとこないが、知らない方がいいような気がする。

「あの、それは私が伺ってもいい話でしょうか」

聞いてしまってからでは遅いと思い、念を押した。

「誰かに聞いてほしいんだ」

燈生の苦しそうな声を聞いて、明日香は黙って耳を傾けることにする。

「俺の母は父の愛人だった。俺が小学生になった頃、父のもとを自分から去った」
「え?」
「俺を、捨てたんだよ」

明日香には、わが子を捨てたという事実が信じられない。

「まさか」

「それで、俺は坂野家の養子になった」

燈生も黙り込み、重苦しい沈黙が続く。
恵まれた人だとばかり思っていたが、燈生の心には深い傷があるようだ。

「それ以来ずっと俺に連絡なんてしてこなかったのに、急に会いたいと言ってきた」

燈生の声には怒りが滲んでいた。

「どうやら父と別れたあと、再婚したようだ。その人との間に産んだ子が東京で就職が決まったから、兄として優しくしてくれってさ」
「え?」

「俺には異父弟がいたらしい。しかも薬品会社に勤めるそうだ」

燈生が坂野総合病院の息子だから、義理の弟を融通してくれるのを期待したのだろう。

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