大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~



聞き流したくても、言葉は毒のように蓄積していく。
これまでは、生きているという実感は仕事からしか感じられなくて、食事や睡眠などは最低限命をつなぐものであればよかった。
それが明日香と出会って、ガラリと変わってしまった。

彼女の患者に対する思いやりや丁寧な仕事ぶり、祖父母への愛情を知ると自分にも向けてほしいと思ってしまった。
燈生の知らない‶家庭の温かさ”を、彼女は感じさせてくれる。
彼女と暮らし始めてから食事が美味しいと感じられるし、部屋の空気が清々しくて毎日が新鮮だった。
きちんと整理されたキッチン。自分のために準備してくれた食事。
テーブルの一輪挿しまでが、生き生きとしている。
あの殺風景だったマンションに血が通ったような気がしたくらいだ。
叔父から家を追われた彼女を助けたはずなのに、燈生の方が救われている。

(明日香のおかげだ)

親に愛されなかった自分は人に愛されるはずがないし、人を愛することもないと思い込んで生きてきた。
そんな燈生が、初めて自分から望んだのが明日香だ。

あれこれ理由などいらない。
『好きだ』と言うだけでよかっのに、自分の殻を打ち破るのに時間がかかってしまった。

(だが、やっと言えた)

まとっていた鎧を脱ぎ捨てて、明日香に告白できたのだ。

明日香が自分を思っていてくれたと知って驚いたし、うれしかった。
血を流している心を、まるごと包み込んでくれるような抱擁を交わせた。

燈生にとってこれ以上の喜びはない。これからふたりの関係は変わっていくはずだ。

(きっと俺たちはうまくいく)

お互いを思いやることができる温かい関係を築いていける。燈生はそう信じていた。





< 32 / 82 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop