大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~


***



お互いの気持ちを確認してからも、ふたりの関係はなかなか進展しなかった。
燈生は年末年始の休日にも緊急の手術があったし、相変わらずすれ違いの生活が続いている。

正月休みが明けたばかりの病院は、通常以上に忙しくなる。
午後の外来が始まるまでのひと時、燈生はやっとデスクに座って新しく届いたメールを開く。
その中に、ロサンゼルスの病院で一緒に働いていた友人がよこしたものがあった。

(フランスの医療チームか)

北アフリカに行くチームに参加しないかという誘いだった。
どうやら心臓外科が専門の医師にも同行して欲しいらしい。
燈生の技術と意欲を見込んでの依頼だったから、心が揺れた。

(すぐにでも行きたい、でも今は……)

父との口約束だが、一年間は坂野総合病院で働くことになっている。
三月までは手術の予約が入っているし、明日香との交際も始まったばかりだ。
どうしようかと思案していたら、ドンドンという大きなノックが聞こえた。

「どうぞ」

言い終わるのを待つでもなく、若い女性が飛び込んできた。
よく明日香と話しているのを見かける、看護助手だ。

「坂野先生!」
「君は?」
「明日香さんに頼まれてきました。院長室に呼ばれたと伝えて欲しいって」
「え?」

理由はわかっていないようで、燈生を前にしてオタオタしている。

「私、詳しい理由は知らなくて……」

「いつ呼ばれた?」
「ついさっきです」

「ありがとう」

礼を言うなりエレベーターホールに向かったが、待つ時間がももどかしい。
燈生は階段を駆け上がった。

(明日香!)

燈生は自分が甘かったと悟った。しばらく父からなにも言ってこないので油断していた。

あの父のことだ。恋人と暮らすと言った燈生を、黙って見ているはずがなかった。
まだ紹介もしていないのに明日香を呼びつけたということは、誰かに調べさせたのだろう。
マンションの出入りや燈生の行動を見張っていたのかもしれない。

呼吸を整える間もなく、燈生は院長室に飛び込んだ。

「失礼!」

デスクに座ったまま、無言で横を向いている父。
その前に立たされて、項垂れている明日香。

目に飛び込んできた構図が、すべてを物語っていた。



< 33 / 82 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop