大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
「燈生!」
「私は、あなたのいいなりにはなりません」
そばで聞いている明日香は、きっと顔色をなくしていることだろう。
気になりながらも、燈生は父との言い合いをやめる気はなかった。
(今こそ、チャンスだ)
これまで坂野家から出るきっかけがつかめなかったが、覚悟を決めて自分の考えを父にぶつけた。
「彼女とのことを反対されるなら、私はここを辞めます。坂野総合病院には優秀なドクターが大勢おられますから、次期院長はその中から選ぶべきです」
「なんてことを……」
父はわなわなと震えだす。
「私にここを継ぐ資格がないことは、お父さんが一番よくご存知でしょう」
坂野家の血筋ではないという事実をあえて口にすると、親斉は渋い顔になった。
「お前、アメリカに戻るつもりなのか?」
勤めていたロサンゼルスの病院には、もう席がないだろうと言わんばかりだ。
「友人から、アフリカでの活動に参加しないかと誘われています」
「アフリカ? 医療ボランティアか?」
多国籍の医療チームが、内戦で国を追われた難民のための医療活動をしているのはよく知られている。
国際貢献とはいえ、危険が伴う仕事だ。
「燈生、自分がなにを言っているのかわかっているのか!」
「彼女とは、家を出る覚悟で付き合っているんです」
そこまで燈生が言うとは思っていなかったのだろう。とうとう親斉は黙り込んだ。
「これまで育てていただいたご恩は、いつかお返しします。ですが、彼女と別れてまで坂野総合病院にいたいと思いません」
「どうしても別れる気はないというんだな」
「はい。彼女と生きていきたいので」
燈生は静かに自分を見つめていた明日香の手をとった。
「自分の人生は、自分で決めます」
親斉は、もうなにも言わなかった。