大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
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「君が小田明日香さんか。さっそくだが、息子と別れてくれないか?」
院長室に呼ばれた明日香は、部屋に入るなり残酷な言葉を告げられた。
「ああ、誤魔化さなくていい。もう調べはついている」
そう言って、親斉は手もとにあった資料のようなものをパラパラとめくる。
「ご両親が亡くなってからおじいさんたちに育てられたんだね、君は」
「は、はい」
チラリと明日香を見た。その厳しい視線を受けて明日香はうつむいてしまう。
「住んでいた家はすでに売却されているが……叔父ともめたようだな」
一方的な話だが、かなり詳しく調べられているようだ。明日香はどう説明したらいいのかわからない。
「で、いくら払えばいい?」
「え?」
明日香は思わず顔を上げた。
どういう意味かと考えているうちに、次々に厳しい言葉が投げかけられる。
「住むところもなくて、燈生の部屋に転がり込んだんだろう?」
「それは」
「帰国して間がない息子をどうやって誑かしたんだか……」
「そんなことしていません」
「金が欲しいんだろう? 息子と手を切ってくれたら、いくらでも出そう」
「お金なんていりません!」
院長はなにを言っても聞き入れてくれそうにない。ペーパーをめくっていて、明日香とは目を合わせようとしないのだ。
「君は、この病院長の妻になりたいのかい?」
「ま、まさか」
やっと明日香の顔を見たと思ったら、あざけるような言い方だ。
なにか言おうと明日香が焦れば焦るほど、バカにされる。
「ふん、口ではなんとでも言えるさ」
明日香はまた下を向いてしまった。
金銭は関係ないと言っても信じてくれないし、ふたりはまだ結ばれてもいないのに汚らしい関係のように決めつけられる。
どうしたらいいのか途方にくれた。
大きなデスクの前に立たされたまま、明日香は緊張で小刻みに体が震えるのを感じる。
(どうしよう)
呼び出されてすぐ、看護助手の和美に燈生への伝言を頼んだが届いただろうか。
冷たい視線をひとりで浴びていると、心細くてたまらない。
「失礼!」
その言葉と同時に、待ち望んでいた人が来てくれた。