大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
ロサンゼルスの病院で六年間働いて、燈生は日本に帰ってきた。
というより、父親に呼び戻されたといった方がいいだろう。
坂野総合病院に勤務していた心臓外科医が退職したため人手が足りなくなってしまい、後任がなかなか決まらなくて患者に迷惑をかけている。だから燈生の力を貸してくれと、珍しく父の方から頼んできたのだ。
患者のためと言われると、燈生も断れない。期限は一年と父と約束した上で、帰国を決めたのだ。
坂野総合病院の院長室で、父と息子は対面した。
「やっと帰ってきたか」
「ただいま」
「相変わらずそっけないな」
六年も経てば、お互いに変わっているところが嫌でも目につく。
親斉から逞しくなったなと言われたが、燈生は父が少しやつれて白髪が目立つのを見て時の流れを感じた。
彼にとっては瞬く間の六年だったが、父には老いるのに十分な期間だったのだろう。
「変わりないか? 住むところは決まったのか?」
無愛想な息子に業を煮やしたのか、親斉から一方的に話しかけてくる。
「はい。敦がマンションを探してくれましたので」
敦というのは伊久の長男だ。
弁護士をしている敦は顔も広いし、穏やかな性格で人あたりがいい。
父親同士はぎくしゃくしていたが、燈生とは幼い頃から気のおけない関係だ。
敦の名を出すと、親斉の頬がピクリと揺れる。
「敦とは、連絡をとっていたんだな」
「色々と助けてもらっています」
父親にはなにも相談しないのに、従兄弟と仲がいいのが面白くなさそうだ。
「坂野の家には住まないつもりなのか」
「勤務が不規則になると思いますので、ご迷惑でしょう」
外科医の仕事はどうしても時間通りにはいかない。長時間の手術や急患の対応に追われることがあるからだ。
それが義母の倫子と暮らしたくないための逃げ口上だというのは、親斉にもわかったらしい。
苦い顔をしながらも、無理に『家に帰ってこい』とは言わなかった。
「明日からでも働きましょうか」
「まずは身体を休めてくれ。それから今後のことを話そうじゃないか」
「わかりました」
一礼して、燈生は院長室から去った。
わずか十分にも満たない、父子の時間だった。