大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~



ゴールデンウイークが近付いた頃、疲れがたまったのか明日香は仕事中にめまいを感じた。
貧血だろうと思ったが、あまりにも気分が悪くて食欲もない。
スタッフに迷惑をかけるのが申し訳なくて、明日香は有給休暇を申請した。

ひとつだけ気になることがある。

(もしかしたら……燈生さんは避妊してくれていたけど)

少し生理が遅れているのだ。
明日香は妊娠を疑った。
市販薬で調べてみたら、思ったとおり陽性だ。

きちんと産婦人科で確認したいと気持ちは焦るが、坂野総合病院で診てもらうわけにいかない。
ふたりが付き合っていることは、まだ誰にも話していない。
燈生が突然辞めたことで、院内には不穏なうわさも飛び交っている。
親子喧嘩だとか、坂野総合病院の経営状態が悪化しているとか、職員たちは動揺しているのだ。
そんな時に明日香が燈生と結婚を約束しているなんて、言えるわけがない。

院長に妊娠したことを知られないために、明日香は少し離れた街にある産婦人科の病院で診察を受けた。

「今、六週目、妊娠二カ月ですね」

検査のあと医師から告げられた言葉は予想していた通りで、予定日は十二月中旬だとも言われた。

(燈生さんの赤ちゃん!)

嬉しさが込み上げてくるが、明日香は不安も感じた。
燈生は日本にいないし、結婚の約束はしても子どもを持つことまで話したことはない。
アフリカに行ったばかりなのに、妊娠したと伝えたら彼の負担になるのではと迷いもする。

(まずは病院の人に知られないように、気をつけなくちゃ)

これからどうしようかと悩む間もなく、ものすごい悪阻が始まった。
水を飲んでも吐くくらいだし、体調は最悪でとても管理栄養士として働ける状態ではなくなった。

(赤ちゃんを守りたい)

勤務先に妊娠を知られたくない明日香は、坂野総合病院を辞める決心をした。
この体調は隠しようがないし、このまま勤め続けることは難しそうだ。
坂野総合病院の栄養管理課のスタッフには申し訳なかったが、最優先すべきは赤ちゃんだ。

(無事に育ちますように)

初めての妊娠だし、相談する人もいない。
もし流産したらという不安とも、明日香はひとりで戦った。

(大丈夫、大丈夫)

そう自分に言い聞かせながら過ごしたが、なかなか燈生に伝えられない。
病院を辞めたと言えば心配するだろうし、その理由が妊娠だと聞けば、優しい彼は遠いアフリカで悩むだろう。
心配かけたくないし、安定期までは妊娠にはトラブルがつきものだ。
もしものことがあった場合に、病気の人たちのために働いている彼を悲しませたくなかった。

燈生に知らせるのは、妊娠が安定する五カ月に入ってからと決めた。
だがその決心が明日香を苦しめることになるとは、想像もしていなかった。




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