大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
幸運にも、条件のいい仕事が見つかった。それは有料老人ホームの管理栄養士の職だ。
『さつき苑』は都心からは電車で一時間近く離れているが、緑豊かな街にある。
少々費用がかかっても自分らしく暮らしたいという希望を持つお年寄りが入居しているから、食事にはとても気をつかっているそうだ。
経営母体となっている医療法人神田病院の院長夫妻はとても穏やかな人柄で、明日香が病院の管理栄養士の経験があることが高い評価につながったらしい。
明日香が『結婚はしていないが妊娠している』と正直に話すと、功院長と信子夫人は『今どき珍しくもない話だ』『赤ちゃんが生まれるなんて、楽しみだわ』と、驚きながらも快く採用を決めてくれた。
そのうえ子どもが成長していくエネルギーをお年寄りにも分けてと、出産後もずっと働けることになったのだ。
新しい命の誕生や幼子が育っていく様子は、高齢者にはとてもいい刺激になるらしい。
明日香はさつき苑の隣にある病院スタッフのための職員住宅に住むことになった。
産前産後にはお休みもとれるし、出産後は近くの保育園に子どもを預けられるよう予約も入れた。
明日香には、ひとりで子どもを産んで育てるという目標がある。
燈生との別れを悲しむ間もなく、慌しく働く日々が始まった。
それは明日香が戸惑うほど順調な再スタートになった。