大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~



さっそく病院での経験を生かして、持病のあるお年寄りや嚥下に問題のある人のための献立を取り入れた。
体力維持や持病を悪化させないためにも、毎日の食事はとても大切なものだ。
明日香は育ててくれた祖父母に出来なかったことを、ここでこそ生かせると意気込んだ。

飲み込みやすいようにとろみをつけたり、味に変化をもたせるようにハーブを取り入れたりもした。
その気持ちが伝わったのか、しばらくするとお年寄りから「今日も美味しかった」と喜んでもらえるようになった。
明日香が考えた献立は好評で、食事の時間が楽しみになったと言われるくらいだ。

毎日の仕事に張り合いがあると、食材をあれこれと工夫して新しい献立を思いつく。
喜ばれると、またアイデアが湧いてくる。
そうして忙しく過ごしているうちに、あっという間に季節が過ぎていった。

さつき苑の近くには公園があって、プラタナスの並木が美しい。
安定期に入ってから、明日香は運動も兼ねてよく散歩するようになった。

(燈生さんとプライベートで出会ったのも、ウオーキングしている時だった)

ゆっくり歩いていると、燈生と出会った朝を思い出す。あれからふたりの距離がうんと近付いた気がする。
オレンジや黄色に色付いた木々に囲まれていると、少し前まで川沿いにある燈生のマンションで暮らしていた日々が夢のように思えた。

(燈生さん、元気かな)

もう会わないと決めても、つい気になってしまう。今どうしているのかと考えてしまう。
明日香は燈生と別れる道を選んだが、恋心までは捨て去ることが出来なかった。

(自分で決めたのに、ダメね)

秋という季節のせいか、枝からひとひら落ちていく葉っぱを見ていると感傷的になってくる。
道端に落ちた葉は、やがてたくさんの落ち葉に埋もれて見えなくなっていく。
まさに自分のようだと、明日香はキュッと唇をかんだ。




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