大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
『今後のこと』と父は言葉を濁しているが、結婚についての話だというのは敦から聞いていた。
同じ坂野家の独身男性ということで、敦もこのところ親からうるさく言われているらしい。
敦が女性と付きあうと、叔父夫婦は相手の家柄がどうのこうのと文句ばかりだそうだ。
『大学生の頃から何度邪魔されてきかわからないよ』
敦は嘆いていたが、実際にはころころと恋人が変わっている。
スラリとした長身と愛嬌のある容姿のうえ高収入の職業とあって、女性からの人気は相当のものだ。
『結婚がすべてじゃないさ』
そう言いつつ『理想の女性を追い求めているんだ』と、敦はうそぶいている。
『お前だって、親のいいなりになってまで結婚する気はないだろう?』
敦に言われるまでもなく『結婚に興味はない』と燈生はいつも口にしている。
愛人の子として生まれ、母に捨てられ、父に引き取られた生い立ちだ。
そのせいか燈生はあまり結婚とか家庭というものに、いい印象を持っていない。
燈生の気持ちがわからないのか、父は病院を継がせるためだからと後ろ盾になってくれそうな相手との縁談を探している。
血筋でいえば、養子の父と愛人の間に生まれた燈生には、代々続く坂野家を継ぐ資格はない。
それを理由に義母と副院長が手を組んで、いずれ燈生を排除しようとするだろう。
燈生の妻になる女性の実家が財力や政治力を持っていれば、ふたりに対抗できると父が本気で思っているとしたら滑稽なことだ。
そんな歪んだ坂野家の中で、敦だけは燈生の理解者だ。
自分の父親と燈生が微妙な関係にあると知っていても、気安く付きあってくれている。
親子関係が冷え切っている燈生に、坂野総合病院を継ぐ気がないことを理解してくれている貴重な友人でもある。
だが帰国してすぐ、父に反抗するほど燈生も愚かではない。
しばらくは医師として、しっかり勤めると決めていた。