大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
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十二月が近づくと、さつき苑ではクリスマスツリーが飾られ、入居者の部屋のドアにはリースがかけられた。
それを見るたび、明日香は今年のクリスマスはわが子とふたりかと少し寂しく感じる。
明日香のお腹が大きくせり出して目立つようになってくると、入居しているお年寄りたちから毎日のように声をかけられる。
「楽しみだわね~」
お年寄りたちにとって、孫かひ孫が生まれるような感覚らしい。
「男の子かな、女の子かな」
「生まれてくるまでのお楽しみなんです」
赤ちゃんの誕生を待ち望んでくれているのが嬉しいはずなのに、寂しさも感じる。
それが一番望んでいる人からの言葉ではないからだ。
「なに落ち込んでいるの?」
そんな明日香に、院長夫人の信子が声をかけてくれた。
「いえ、クリスマスの献立を決めておこうかなと思ってぼんやりしていました」
落ち込んだ気持ちを誤魔化そうとしたが、信子夫人には通用しない。
いつ入院してもいいように、明日香はもう二カ月先まで献立を決めていたのだ。
献立表は提出しているから信子は知っているはずだが、あえて明日香の気持ちに寄り添ってくれた。
「そろそろ予定日だものね。皆さんほんとに楽しみにしているのよ」
そっと明日香の肩に手を置いて、温かい言葉をかけてくれる。
周りに居合わせたお年寄りやスタッフたちも笑顔だ。
ああ、そうだったと明日香は気がついた。
入居者や、神田夫妻、施設のスタッフたち。こんなにたくさんの人が赤ちゃんを楽しみにしてくれている。
たとえ燈生がいなくても、この子はホームのお年寄りや周りの人たち皆に愛されて育つのだ。
生まれてくる赤ちゃんのために、明るい気持ちで毎日を過ごさなくては。
その日から、明日香の気持ちは安定して前向きになった。
(もうすぐあなたに会えるね)
お腹に語りかけながら、明日香は予定日を待っていた。