大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~


その日の夜、明日香は破水してしまった。
突然のことに狼狽えたが、同じ職員住宅に住む同僚がタクシーを呼んでくれた。
誰かが連絡してくれたらしく、信子までが病院に駆けつけてくれる。

「明日香さん、がんばって」
「すみません、ご迷惑おかけして」
「なに言ってるの、さつき苑の皆が待っているお孫ちゃんよ」

信子は明日香の手をギュッと握ってくれた。

「これから赤ちゃんを産む人が謝ることなんて、なにもないわ」
「……信子さん」

その言葉に救われた気がした。
燈生の父を前にした時、明日香はいつも項垂れてばかりだった。
理不尽だと思うことを言われても、強気で言い返すことなんて出来なかった。

(私はこの子のために強くならなくちゃいけない。赤ちゃんを産むことを誇らしく思わなくちゃ)

明日香の気持ちを見越したかのように、陣痛が始まった。
これまで知らなかった痛みが続いたが、生みたくないと感じるほどではない。
教わった呼吸法をするのが精一杯だったが、痛みが強い分だけ自分が頑張った証拠のようにも思えてくる。

翌朝、明日香は予定日より少し早く出産した。
生まれた子は二千六百グラムと体重は少し軽めだったが、元気な産声をあげる男の子だった。

(りく)……」

初めて抱いたわが子に、明日香が呼びかける。

「お名前決めてるんですね」

看護師の柔らかな目元が微笑んでいる。

「はい。男の子だったら、陸って考えていたんです」

「力強くお乳を飲んでるから、すぐに大きくなりますよ」

看護師の言葉通り、陸はお腹がすくと大きな声で泣いて知らせてくれる。
最初はガリガリに見えたけれど、退院する頃には頬の辺りはぷっくりとしてきた。

陸を抱いて、母乳を飲ませるたびに明日香は燈生のことを想った。

燈生は明日香が妊娠したことを知らないままだ。
出産の喜びを分かち合うことも、陸を抱いてもらうことも出来ない。

(がんばって育てなくちゃ)

明日香は陸を胸に抱いたまま、つい弱気になりそうな自分の気持ちをふるい立たせた。







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