大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~




出産してから五日目、退院が決まった。

入院中には、明日香の親代わりともいえる神田病院の院長夫妻が何度も陸の顔を見に来ていた。
とくに信子は陸が可愛くて仕方ないようで、退院の日もわざわざ迎えに来てくれたくらいだ。

「明日香さん、ふたりが帰ってくるのを皆が待ち構えているわよ。さつき苑に寄っていいかしら」
「はい。嬉しいです」
「陸君は退院したらさつき苑のアイドルね」

病室で荷物を片付けながら、明日香はテレビをつけていた。
少し前にテレビ番組で燈生の姿を見てから、アフリカのニュースがないかと気にしていたのだ。

(あっ!)

明日香の願いが届いたかのように、難民キャンプの話題が紹介された。
難民キャンプにいた心臓病の子を、燈生が所属するボランティアチームがフランスへ連れて行って手術するという。

(よかった……燈生さんがやりたかったことだもの)

明日香は荷造りの手を止めて、画面に釘付けになった。

「このニュースが気になるの?」

信子が怪訝な表情だ。退院する日にアフリカのニュースを気にしているなんてと思ったのかもしれない。

「え? あの、病気のお子さんの話題だからつい見てしまって」

「そうよね。安全な日本でも赤ちゃんが無事に育つのって大変なことよ。まして難民キャンプですもの。ボランティアの医師団は大変だと思うわ」
「手術が無事に終わって、助かって欲しいです」

信子は明日香のいつもと違う様子に、なにかを察しているのかもしれないが無駄なお喋りをする人ではない。

「さ、帰りましょう」
「ありがとうございます」

燈生の近況に触れたことで、明日香は今度こそ思いを断ち切れると思った。
母親になった明日香は、わが子のことを第一に考え始めている。
この子を抱いて病院を一歩出たら、新しい人生が始まるのだ。
前だけを向いて歩いていこうと、明日香は陸を抱き上げた。




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