大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
「お帰り」
「迎えに来てくれたのか、敦」
思いがけず、空港には敦の姿があった。
「電話やメッセージだけじゃ伝えきれないだろ」
わざわざ明日香のことを話すために来てくれたようだ。
「残念だが、今のところいい情報はない」
東京都内だけでなく関東圏に範囲を広げて病院の管理栄養士をあたってくれたようだ。
「依頼を受けていた土地の問題も片づいた後だったから、銀行関係とかは個人情報の縛りがあって調べられなかった」
「迷惑かけてすまない。敦」
「お前がこれほど必死なのに、役に立てなくて申し訳ない」
「これからは俺自身が努力する。まず、父に会うよ」
敦と別れて、ロサンゼルスから帰国したときと同じように、燈生は空港から坂野総合病院へ直行した。
アポイントなく院長室を訪ねると、秘書だという女性がいた。
まだ若く、華やかな顔立ちをしている。
「坂野燈生先生でいらっしゃいますか?」
なぜか燈生が名乗る前に、親し気に話しかけてくる。
「君は?」
「院長秘書の斎藤茜と申します。院長はすぐにお戻りになりますが、中でお待ちになりなすか?」
「ああ。そうさせてもらいます」
久しぶりに院長室に入った。
二年前にロサンゼルスから帰国したときと変わりないインテリアだ。
手前には黒革のソファー、奥の窓際に大きなデスク。
ひとつだけ違うのは、病室と同じ匂いがかすかに感じられる点だ。
この場所までは薬品や消毒の匂いはしなかったはずだがと思っていたら、院長室から横の小部屋に繋がっているドアが少し開いていた。
そこは院長が個人で使っている場所で、大量の医学書や書類置き場のはずだった。
だが病棟と同じ形式のベッドがあり、その周りに点滴スタンドや酸素吸入の装置が置かれている。
まさに入院用の部屋といえそうだ。
唖然としていたら、ドアが開いて秘書の斎藤がコーヒーを運んできた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
カップをテーブルに置いても、秘書は部屋から出ていく気配がない。
斎藤茜は明るいピンクのツーピースを着ていて、病院で働くにしては派手な印象だ。
ヘアメイクも一般企業に勤める秘書のような雰囲気だし、どんな仕事をしているのか見当もつかない。
父は忙しい人だが、スケジュールや面会相手について自分で管理しなければ気が済まないタイプだった。
これまで秘書を置いていなかったのに、斎藤のようなタイプの女性が必要だとは思えない。
「君はいつからここに勤めている?」
「ご存じなかったんですか? もう一年くらいになりますの」
なじるような甘えた口調に、燈生は違和感を感じた。
病院の職員というより、父の知り合いの令嬢と言った方がよさそうだ。
「君は……」
そう言いかけた時、ドアが開いて父が中に入ってきた。