大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
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帰国してから、あっという間に時間が過ぎていく。
燈生は手術に明け暮れる毎日だったが、その忙しさがあったから余計なことに頭を使わずにすんだ。
斎藤茜からのアプローチには辟易したが、父が入院したことをきっかけに院長秘書をやめてもらうことにした。
それと同時に「父の病気のことで結婚どころではない」と理由をつけて、斎藤家には丁寧に断りを入れた。
燈生が帰国して最新の機器を使って手術をするようになってから、収益は上向いてきている。
銀行としても返済能力がある以上、文句はないだろう。
どういうわけか義母までが後押ししてくれたようで、すんなりと結婚話は消えた。
それでも斎藤茜は坂野総合病院の理事会事務員として残っている。
親し気に声をかけてくる茜が何を考えているのかわからなくて、困惑するばかりだ。
だが事務長が斎藤家に押し切られて雇用を続けているらしく、燈生にもどうしようもなかった。
『あと半年』と自分で予想していた親斉だが、それよりは長く持ちこたえたが、やはり運命は変えられなかったようだ。
最期はとても穏やかで、妻の倫子や燈生に看取られての大往生だった。
まだ立春を過ぎたばかりの春浅い季節。親斉の葬儀は港区の大きな寺で行われた。
倫子の希望で決めた葬儀場だ。
きっと知人や、親斉が診た患者も焼香に訪れるだろうからと選んだらしい。
葬儀は午後一時からだったが、その予想を超えて昼過ぎには長い弔問の列が寺の入り口から並び、近くの歩道まで続いていた。
燈生は親族席に喪主として座っている。
隣にいる義母の倫子が務めるものと思っていたが、彼女のたっての希望だった。
きっちりと黒い和服を着つけた倫子は無表情のままだが、その胸のうちは誰にもわからない。
長年専業主婦として暮らし、病院経営にはノータッチだった倫子だが、燈生がアフリカに発った頃から理事になっていた。
毎日のように病院へ顔を出し、あれこれと動いていたようだ。
親斉が重い病だからという理由もあったが、燈生が見る限り経理にも詳しいし人脈も広い。
もしかしたら結婚相手に親斉を選んだのも、陰からコントロールするためだったのかもしれないと思わせるほどだ。