大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
僧侶たちの読経が流れる中、叔父の伊久は疲れた表情で俯いたままだが、敦は燈生の後ろの席で会場担当とマメに打ち合わせをしてくれている。
喪主を務める燈生が動けないだけに、よく気が回る敦がいてくれて本当に助かった。
通夜からずっと寝ていないが、燈生の意識ははっきりとしていた。
父との少ない会話をなぞりながら、これからのことに思いを馳せる。
病院のこと、明日香のこと、まだまだ問題は山積している。
祭壇の向かって右側にある親族席からは、目の端に弔問に訪れてくれた人たちが見える。
父のために大勢が焼香に来てくれていることにも驚いていた。
病院経営しか考えていないと思っていた父が、こんなにも医師として慕われていたのだ。
(もっと話せばよかった)
入院してから亡くなるまでの短い時間しか、父と会話しなかったことが悔やまれる。
アフリカに行ったまま決別していたら、看病することも看取ることもできなかっただろう。
明日香との関係を犠牲にしてしまった苦い思いはあるが、どちらかを選ぶしかない状況だった。
あの川沿いのマンションで明日香と暮らした日々が懐かしくてたまらない。
あれからほんの少ししか経っていないような、はるか昔のことのような、不思議な感覚だった。
ふと大勢の弔問の列の中に、気になる姿が見えた。
(明日香⁉)
訪れた人たちは会場の入り口にある焼香台に並び、次々に入れ替わって祭壇に飾っている故人の遺影に頭を下げている。
その列の中に、明日香らしい女性がいた。
全身は見えないが、ほっそりとした肩の辺りまでが人影に紛れながらも確認できた。
長かった髪は肩先くらいに短くなっているが、あの顔立ちを見間違えるわけがない。
大きな瞳はメガネで隠れているが、明日香のような気がしてならない。