大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
休憩時間を利用して、坂野総合病院へそれとなく電話して葬儀の場所を聞いてみた。
問い合わせが多いのか、さして怪しまれることもなく丁寧に教えてもらえた。
葬儀は港区にある大きな寺で営まれるらしい。
ここからなら電車に乗って一時間もかからずに行けるだろう。
さつき苑の昼食は献立も手順も決めている。スタッフにお願いすれば、自分がいなくても大丈夫だろう。
明日香が坂野総合病院に勤めていたことは皆が知っている。
弔問に行かせて欲しいとお願いしたら、快く翌日を休みにしてもらえた。
早春とはいえ、まだ空気は冷たい。
黒いワンピースに黒の薄手のコートを羽織っただけでは肌寒く感じる。
知った人に会わないように、明日香は普段から使っている度のないブルーライトカットのメガネをかけてみた。
コートの襟を立てて、少し早足で歩く。
前に比べて髪型も変わっているし、少し痩せたから印象は変わっているはずだ。
駅から寺に向かう途中、公園では梅の花がそろそろ見頃を迎えようとしていた。
老夫婦が仲よさそうに梅園を歩いているのを見て、少し切なくなってしまった。
あの年頃になっても、自分はひとりで生きているのだろうか。
一瞬だけ弱気になってしまったが、明日香は頬をパチンと叩く。
葬儀場が見えてきたので、明日香は弔問客の列にうつむいたまま紛れ込んだ。