大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~



***



斎藤茜は不機嫌だった。

病院での仕事や婚活、なにもかも嫌になってしまったのだ。
こんなはずではなかったのにと、ため息ばかりがでてくる。

女子大時代は友人がたくさんできて楽しかった。
大学を出て二年ほど商社に勤めたけど、ハードすぎで辞めてしまった。
なにをしても上手くいかなくなったのは、それからだ。

二十六歳になっても再就職が決まらずフラフラしていたら、両親から匙を投げられてしまった。
アメリカに駐在しているエリート商社マンの兄や、国家公務員になった妹と比較されるから、家にいるのがつまらない。
それなら結婚でもした方がいいかと、父の勧めてくる縁談に飛びついた。

相手は坂野燈生。ロサンゼルス帰りの心臓外科医で、坂野総合病院のひとり息子。
いいお話だと思ったけど、両親が詳しく調べてみたら少し訳アリだとわかった。
養子だし、自宅のマンションには女性が出入りしているという。

母はやめた方がいいと言ったけど、茜は意地になっていた。
このまま家にいるよりも、将来は病院長夫人になれる方が幸せそうだ。
本人の見た目はかなりいい方だし、高収入が約束されるなら過去の女性関係など問題ない。
これで自分の人生は安泰だと思って、彼がアフリカにボランティア活動へ行くのも了承した。
帰国したらこの人と結婚できる。それなら半年や一年くらい準備期間だと思えばいい。

だが茜と婚約する前に、坂野燈生がアフリカへ行ってしまった。
失礼だなと思ったけれど、怒って破談になってはたまらない。
仕方なく坂野総合病院で院長秘書として勤め始めたら、すぐに院長は体調不良だとわかった。
院長室で点滴しながら横になるくらいだから、かなり重病らしい。

茜の仕事は、院長に薬の時間を知らせたり、電話を取り次ぐかどうかの確認くらい。
手持ちぶさたの時間は、ネットを見たりして潰すしかない。
院長夫人が時おり顔を見せて、茜の仕事ぶりを冷ややかに見ていたのが気になった。
どうせ結婚したら義理の母になるのだから、ありのままを見せておくことにした。

一年経って、坂野燈生が帰国した。やっと結婚話が進むと思っていたらすべてが狂ってしまった。
結婚相手と思っていた燈生は忙しすぎで、デートする時間もない。
焦っていたら院長が入院してしまったのを理由に、板野家から縁談を辞退されてしまったのだ。

それでも坂野総合病院院長夫人という立場は捨てがたく、なんとか燈生と付き合うチャンスが欲しかった。
継続して働きたくて事務長に無理を言って、理事会の事務職のポストを与えてもらった。
単なるデスク作業かと思っていたのに、対外的な交渉やスケジュールや予算の管理が含まれるものだった。
院長秘書と違って忙しいし、理事になった倫子夫人の要求するレベルが高すぎてついていけない。




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