大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~



***



川風は思った以上に冷たかった。

明日香は少し震えながら川沿いの遊歩道を歩いている。
このあたりには思い出がたくさんある。

橋を渡った向こうには、祖父母の家があった。今はマンションの建設が行われているはずだ。
そしてこちら側には、ふたりが暮らしたマンションがある。

朝のウオーキングをしていたら燈生と出会った。
毎日のように、カンファレンスで彼が説明するのを聞いていた。
あの日々が、ただ懐かしい。
敦に呼び止められたことで、いっきにあの頃に巻き戻ってしまった。
ついタクシーでここに来てしまうくらいには、明日香の心は乱れていた。

じっと川面を見ていると、うしろからコツコツとヒールの音が聞こえた。

「あの」

寒くてひと気のない午後、いったいなんの用事かと振り向けば、若い女性が立っていた。
明日香と同じように喪服を着ている。

「あなた、明日香さん?」

会った記憶はないけれど、その人は自分を知っているようだ。

「どちらさまでしょうか?」

「坂野燈生の婚約者です」

「えっ⁉」


< 65 / 82 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop