大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
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川風は思った以上に冷たかった。
明日香は少し震えながら川沿いの遊歩道を歩いている。
このあたりには思い出がたくさんある。
橋を渡った向こうには、祖父母の家があった。今はマンションの建設が行われているはずだ。
そしてこちら側には、ふたりが暮らしたマンションがある。
朝のウオーキングをしていたら燈生と出会った。
毎日のように、カンファレンスで彼が説明するのを聞いていた。
あの日々が、ただ懐かしい。
敦に呼び止められたことで、いっきにあの頃に巻き戻ってしまった。
ついタクシーでここに来てしまうくらいには、明日香の心は乱れていた。
じっと川面を見ていると、うしろからコツコツとヒールの音が聞こえた。
「あの」
寒くてひと気のない午後、いったいなんの用事かと振り向けば、若い女性が立っていた。
明日香と同じように喪服を着ている。
「あなた、明日香さん?」
会った記憶はないけれど、その人は自分を知っているようだ。
「どちらさまでしょうか?」
「坂野燈生の婚約者です」
「えっ⁉」