大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
平静を保とうとしたが、無理だった。
知らないふりをすればよかったのに、思った以上に狼狽えてしまった。
「燈生さんと暮らしていた方ですよね」
どこまで彼女が知っているのかわからないが、明日香は沈黙を守ることにした。
「わざわざお葬式に顔を見せるなんて……恥ずかしくないんですか?」
明日香より少し若そうだが、ずけずけと遠慮なく棘のある言葉を向けてくる。
「もう別れたって聞いてますけど、あなた、未練でもあるのかしら」
未練と言われて、思わずハッとした。
親斉の葬儀に行こうと思い立ったのも、燈生への未練だろうか。
「二度と燈生さんと会わないでください!」
大きな声で叫ぶように言うと、女性はクルリと明日香に背を向けて歩き出した。
またコツコツとヒールの音がする。
明日香は大きく息を吸ってから、フーッと吐いた。
彼女の話を聞いている間、無意識のうちに息をひそめていたのだ。
深呼吸したから、少し落ち着いてきた。
(どうして彼女はわざわざ追いかけてきたんだろう)
気にはなったが、明日香はスマートフォンで時間を確認した。
少し遠回りになってしまったが、保育園のお迎えに間に合うよう急がなくては。
明日香は向けられた悪意を川に捨てた。
言われなくても、婚約者のいる燈生と会う気はない。
自分は陸が待っている場所に帰るのだからと、明日香はシャンと背筋を伸ばした。