大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
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(やっぱり)
茜はひとりで納得していた。
もしかしたらと思って鎌をかけてみたが、間違いない。
『明日香さん』と名前を呼びながら、坂野敦が追いかけていた時からおかしいと思った。
葬儀場を離れてまで声をかけるなんて、よほどの相手だろう。
縁談が持ち上がって、坂野燈生の生い立ちや過去の女性関係を調べたことがあった。
きっと明日香という人が、かつて燈生と暮らしていた女性なのだ。
(なんだかしらないけど、これくらいの嘘ならいいじゃない)
縁談は断られているのに、婚約者だと名乗ってしまった。
それを信じたのか、彼女は狼狽えていたっけ。
あの人と燈生がどうなっているのか知らないけれど、彼女の焦った顔を見てチョッとスッキリした。
彼女を追っていた坂野敦には知らせてあげてもいいかしら。
(お探しの人がいた場所くらい、教えてあげないとね)
ここで会ったのは嘘ではないから、喜んでもらえるかもしれない。
事務長に伝言しておけば、きっと伝わるはずだ。
【追いかけていた人を見かけました……場所は……】
病院を辞めたら関係なくなるのに私ってなんて優しいんだろうと、茜はひとり悦にいる。
(こんな季節にわざわざ川の近くに来るなんて、おかしな人だったわ)
茜には、罪悪感いうものは存在しないのだ。