大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
大切な人



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陸は一歳半になった。

ひとり歩きができるようになって、ぽちゃぽちゃした赤ちゃんとは違うスリムな体型になってきた。
手先も器用になって積み木をふたつみっつ重ねられるようになってきたし、柔らかいものならスプーンですくって口に運ぼうとしている。
大きな病気もせず、楽しそうに保育園に通ってくれるのがなによりだ。

お喋りもできるようになって、「ママ」ははっきり言える。
ただ周りには、自称陸の「じーじ」と「ばーば」だらけなので、甘えん坊さんになってしまいそうだ。
明日香は陸とふたりで暮らしている今の生活に十分満足していた。

平穏だったある日、区の保健センターで一歳半の検診を受けた陸が、大きな病院での検査を進められた。
内科検診で心雑音が聞こえたらしく、担当の医師から先天的な病気があるかもしれないと言われたのだ。

明日香の脳裏に、坂野総合病院で重い心臓病の男の子を担当した記憶がよぎる。
陸が先天性の心臓病かもしれないと、まっ先に神田医師に相談した。
神田医師はベテランらしく、気が動転している明日香にわかりやすく説明してくれた。
百人にひとりは心臓病が見つかるし、問題ないかもしれないから早めの検査が一番だと言われた。

「僕の同期が大学病院に勤めているから、紹介してあげるよ」

神田医師の同期だという藤原医師は、心臓病では国内でもトップクラスと言われているそうだ。

「子どもの心臓病にも詳しいから、彼の診察を受けるといい」

そう言って、神田医師はすぐに大学病院へ連絡してくれた。
藤原医師は快く診察を引く受け、幼い子の場合は入院して検査した方がいいと予定を調整してくれた。

藤原医師の診察は、七月半ば過ぎに決まった。
陸を孫のようにかわいがってくれている信子は、心配でたまらないのか毎日のように陸の顔を見てはソワソワしている。
暑いのに子連れで出かけるのは大変だから病院まで一緒に行こうかとか、入院期間を含めての数日間は有給休暇にするからと気を遣ってくれるのだ。
神田夫妻の優しい心遣いが、身内のいない明日香にはありがたかった。

検査の必要があると言われても、はたから見ていると陸は食欲もあって健康だとしか思えない。
明日香は祈るような気持で、予約の日を迎えた。



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