大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
小田明日香は坂野総合病院の管理栄養士だ。
入院している患者さんの病状に合わせて献立を作ったり、基礎疾患のある患者さんに医師の指示のもと健康を維持するための栄養指導をしたりしている。
患者さんたちの健康を守ると同時に、喜んでもらえる献立を考えるのはなかなか大変な仕事だ。
それに毎日の食事が病気の治療に役立つことだってある。
明日香はひとりでも多くの患者さんの栄養状態を改善して、元気になってもらおうと日々がんばっているところだ。
明日香は二十七歳になったばかり。
隅田川の近くにある古い屋敷で、ひとり暮らしをしている。
明日香は幼いころに事故で両親を亡くしてから、祖父母のもとで育てられた。
ふたりは明日香をとても可愛がってくれたのだが、祖父は持病を患っていた。
糖尿病を患って腎臓を悪くしていた祖父には食事療法が欠かせなくて、祖母は毎日の献立に苦労していた。
そんな祖母を間近で見て、明日香は栄養士を目指したようなものだ。
でも資格を得て役に立つ前に、ふたりは相次いで亡くなってしまった。
栄養士として力になれなかった無念はあるが、祖父母のために得た知識は今、多くの患者さんのために役立っていると信じたい。
三人で暮らした屋敷はひとりで住むには広すぎる。
けれど明日香にとって、祖父母の思い出が感じられる大切な場所だ。
ただ最近は疲れて帰ってきた時、ひとりぼっちなのが少し寂しくなってきた。
それに心細く感じる時もある。
家の電話はずっと留守設定にしているのだが、最近になってやけに無言電話がかかるようになってきた。
家に帰ったとたん、暗いリビングに着信を示すランプが光っているのが毎日となると気が滅入る。
しかも何度も何度もかかっているし、用件が吹き込まれていないうえに番号の通知がないのだ。
この薄気味悪さに、明日香は困り果てていた。