大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~


診察の日、電車の乗り換えがスムーズだったから予約の時間より早めに着いた。
地下鉄の駅を出たら、高速道路を挟んだ向こう側に建物がいくつも連なっているのが見える。
『大学付属病院』とすぐにわかる、大きな文字が壁面に掲げてある。
なかでも一番高い建物の屋上にあるのは、ヘリポートだろうか。駅前からでも丸い形がはっきりわかった。
病院というよりもひとつの大きな街のようで、明日香は規模の大きさに圧倒されるばかりだ。

陸は電車に乗ってはしゃいでいたのが噓のように、今はベビーカーからキョロキョロと周りを見回している。

(大きなビルばかりだから珍しいのね)

母子にとって、都心までのお出かけは初めての遠出になる。
暑さで陸が疲れていないか気になるが、水分も十分とれているし大丈夫そうだ。

検診で再検査の必要があると言われてから、明日香は自分を責めていた。
自分ひとりで育ててきたから、陸の成長の段階でなにか見落としていたのではないか、気がつかないうちに陸に無理をさせていたのではないかとつい考える。

ガラス張りの正面玄関から病院の中に入ると、ホールは吹き抜けになっている。
午前の明るい光が天井まである大きな窓から差し込んで、病院らしくない優雅な雰囲気だ。
予約患者で混み合っているのに、空間が広いせいか圧迫感はなかった。
ふと見上げると、二階三階の部分は回廊のようになっていてロビーが見下ろせるようになっている。

(すごいわ)

上半分が透明なエレベーターが設置されているし、三階まではエスカレーターがゆっくりと動いていた。
明日香は坂野総合病院も立派な施設だと思っていたが、ここはそれをはるかに凌いでいる。
少し緊張しながら、受付に並んだ。

神田医師が予約を入れてくれていたから、初診の受付はスムーズだった。
紹介状を渡すと、藤原医師の診察室を親切に教えてくれる。幼い子どもを連れているから気を遣ってくれたのだろう。

ふいにベビーカーで大人しくしていた陸が「抱っこ」と言って、手を伸ばしてきた。
そろそろ退屈してきたのか、周りの雰囲気がいつもと違うから心細いのかもしれない。

「おりこうさんしてね、陸」
「ん」

陸を片方の腕で抱えると、キュッとしがみついてきた。
たたんだベビーカーをもう一方の手で押しながらゆっくりと進んだ。

外から見ても複雑な形をしていたが、大学病院の中も迷路かと思うくらい入り組んでいる。
聞いていた診察室の部屋番号を確認しながら廊下を進むと、明日香は陸を抱えた手が汗ばむのを感じていた。

まだ検査はこれからなのに、明日香の緊張はピークのようだ。

(しっかりしなくちゃ)




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