大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
明日香もずっと付き添うことにしていたから、個室には簡易ベッドが運び込まれていた。
あまり広い部屋ではないが、八階の部屋の窓からは遠くまで見渡せる。
見慣れない大都会の景色に、陸は窓際のパイプ椅子に膝立ちしたまま、飽きることなく外を見続けている。
いつ燈生が姿を見せるかとドキドキしていたが、考えてみれば忙しい人だ。
病室に顔を見せるなんて、なかなかできないだろう。
明日香は「落ち着け」と自分に言い聞かせながら、陸が危なくないようにと見守っていた。
午後から陸の検査が始まった。
採血されるときはさすがに泣いていたが、それ以外は不安がることもなく順調だった。
胸のレントゲンを撮ったり、心電図検査を受けたり、院内をあちこち移動したのもよかったのだろう。
退屈したように見えないし、陸はご機嫌なままだ。
出された夕食も嫌がることなく、食べてくれた。
わが家なら好きにさせるのだが、ここで自分でスプーンを使うと大変なことになりそうだ。
アニメを見せて気を逸らせながら、明日香はせっせと口に運ぶ。
「つぎはなにがいいかな。お豆腐にしようか?」
声をかけると、陸がコクンと頷いた。
モグモグと食べている陸の表情をあらためてよく見ると、燈生に似ている部分がやけに目についた。
久しぶりに会った燈生は、前に比べて精悍になっていた。
変わらない切れ長の端正な顔立ちだが、日焼けして逞しさが増していた。
前は立っているだけで威圧感を感じさせる人だったけど、今日は自然な物腰だった。
考えてみれば、燈生から見た自分だって大きく変わって見えただろう。
清潔にしているつもりだが、子どもがいたらお洒落にまでは気が回らない。
あの頃は少しでも綺麗に見られたいと思っていたのに、今となっては夢のようだ。
会えなかった日々、彼はどんなふうに過ごしていたのだろう。
あの人とどんな生活を送っているのだろう。
「ママ」
次を催促するような陸の声で、ハッとした。
気がつかないうちに燈生への想いに囚われていたようだ。
(何事もありませんように)
陸に食べさせながら、明日香は心の中で願っていた。