大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~



***



焦っているときに限って、どうして時間の流れは遅く感じるのだろう。
仕事に集中しながらも、燈生の気持ちは明日香と陸のところへ飛んでいた。

今日は朝から慌しかった。急に担当する外来患者に追加があったからだ。
高名な教授が、緊急のオペを執刀することになった。
その教授が受け持つはずだった患者が何人か、燈生にも割り当てられたのだ。

明日香に出会ったのは、診察した患者の心電図検査が思わしくなくて、血液検査の追加をオーダーしてバタバタしている時だった。
次の紹介患者の詳細な確認ができないまま、診察室に行くと明日香が座っていたのだ。
しかも、膝に幼い男の子を抱いて。

「小田、陸君」

名前を口にすると、心臓がいやな音を立てた。
明日香に視線を移して、それから男の子の顔を見た。

(間違いない、俺の子だ)

その子の誕生日、生まれた時の週数、血液型。
電子カルテ上だけでも事実を証明するには十分なデータが揃っている。

陸の目元は自分に似ている気がする。口元は明日香そっくりだ。鼻は……ひとつひとつ確かめるように陸の頭を撫で、頬に、肩に触れていく。


「検診で心臓疾患の疑いがあると言われたんですね」
「はい」

「これまで日常生活で気になることはありませんでしたか」
「ありません」

母と言う立場の明日香は何を聞いても短くしか言葉を発しない。
子どものことになると饒舌になる母親が多いから、いかに彼女が緊張しているのかが伝わってきた。

「今日から入院ですね。藤原医師から検査の指示が出ていますから、このまま病棟へお願いします」

「わかりました」

「午後から検査になります」
「はい」

「あとで病室へ伺います」

心なしか明日香の顔色はよくない気がする。燈生自身も口の中がカラカラだ。
余計なことはいっさい話さず、指示を出すに留めている。
もし別の思考に傾けば、目の前の明日香と陸を抱きしめてしまうだろう。

奥歯をかみしめながら、そんな衝動に燈生は耐えていた。


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