大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
陸の検査結果はデータが届くごとにチェックしていたが、大きな異常はなさそうだ。
翌日の画像検査で何事もなければ、すぐにでも退院できるだろう。
午後の診察を終えたら、カルテの整理やほかの医師からの質問ですっかり時間を取られてしまった。
急いで陸が入院している病室へ向かっていたら、藤原教授と出くわした。
「ああ、坂野先生」
「お疲れさまです、藤原教授」
藤原医師は坂野総合病院の院長として迎えた名誉教授の教え子で、心臓血管外科医の中でも国内トップレベルの医師だ。
その技術の高さと気さくな人柄で、彼に手術を依頼してくる政財界の著名人は後を絶たない。
今日の緊急手術もその中のひとりだろう。
「今朝は申し訳なかった。急なことで、無理をお願いしたね」
「とんでもありません。手術、成功でしたね」
責任を果たしたからか、教授はリラックスした表情だ。
「君にお願いしたひとりに、小さな男の子がいただろう?」
「はい」
小さな男の子、それは自分の息子だと言いたい衝動に駆られる。
「私の学生時代からの友人の紹介だったんだ」
「そうでしたか」
「友人が経営している施設の職員のお子さんで、彼自身も孫のように可愛がっている子なんだよ」
少しずつ明日香の現在の様子が伝わってくる。働きながら子どもを育てているようだ。
「私も落ち着いたから、これからは私が診るよ」
「いえ、あの、」
陸の担当を外されそうになって、燈生は慌てた。
「せっかくですので、私も引き続き担当させてください」
「君は明日は坂野総合病院の日だろう? 無理しなくていいんだよ」
「いえ、大丈夫です。今も検査結果の報告に行くところでした」
「ああ、それなら私が行こう」
思わぬ流れで、燈生は藤原教授の後ろについて行く羽目になってしまった。