大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
ノックしてから病室に入ると、すでに陸は眠ってしまったらしい。
消灯時間にはまだ早いが、すやすやと気持ちよさそうに寝息をたてている。
「今日は失礼しました。神田医師から話は聞いていました。担当の藤原です」
「小田です。よろしくお願いいたします」
明日香が頭を下げているのを見ながら、燈生はどう話しかけようかと迷っていた。
藤原教授の前でプライベートなことは言えない。
それに教授が明日香の勤め先の医師と懇意にしているのなら、ますます自分との関係は迂闊に話せないだろう。
「坂野先生、今日の検査結果をお知らせして」
「はい」
データを見せながら、ひとつひとつ丁寧に説明していく。
血液検査、レントゲン、超音波。どの結果も良好だった。
「明日はもっと詳しい画像を撮って検証してみます」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
明日香が燈生に向かって軽く頭を下げる。
他人行儀ながら、お互いにそれしか出来ない。
「ところで神田先生はお元気かな?」
ざっくばらんな口調で、藤原医師が明日香に話しかけた。
「はい。いつもあちこあちの患者さんのお宅へ診察に行ってらっしゃいます」
「彼は在宅医療に力を入れているんだ」
藤原医師が燈生にも話を振ってきた。
「そうなんですか」
藤原医師と明日香が楽しそうに話しているのを、燈生は黙って聞いていた。
「ヤツは人たらしだからねえ」
「近くのお年寄りにとても人気のある先生なんです」
自分とは緊張した表情だったのに、明日香が穏やかに微笑んでいる。
その変化を見て、燈生はもどかしくて歯がゆくてならなかった。