大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
自分がアフリカに行ってからなにがあったのか、どんなふうに暮らしてきたのか。
ましてや妊娠がわかってから出産までには、どれほどの苦労があったのだろうか。
そんな話がしたくでも、今は堪えるしかない。
明日は坂野総合病院で仕事があるから、陸の検査にも診断にも立ち会えないから気が焦る。
「じゃあ、また明日」
「よろしくお願いします」
藤原医師が病室を出ていくのを見届けて、陸のそばに近付いた。
ほんの少し口を開けて、よく眠っているようだ。
閉じた瞼と長い睫毛から目が離せない。
すぐにもパッチリと開いて、燈生の方を見てくれないだろうか。
「明日香……」
返事はない。
「産んでくれて、ありがとう」
ゆっくり振り返ると、明日香が口元を手で覆っている。
嗚咽がこぼれるのを、押さえているようにも見えた。
「ここではなにも話せない」
「はい」
「時間が欲しい」
なんとか約束を取り付けようと思った時に、看護師が巡回している声が聞こえてきた。
ひとりひとりの患者から、夕食がどれくらい食べられたか確認しているのだろう。
この部屋にもすぐに顔を出すはずだ。
「わかりました」
俯いたまま明日香が返事をしてくれたと同時に、「小田さん」と声をかけて看護師が入ってきた。
「あ、坂野先生お疲れさまです」
「じゃあ、私はこれで」
仕事場とはいえ、やっと会えた明日香と陸を残して病室を出るのは辛かった。
看護師が明るく話しかける声を聞きながら、燈生はそっとドアを閉めた。