大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
思ったとおり、明日香は燈生を待たずに消えようとしている。
「陸君、とってもご機嫌でしたよ」
「そうか」
退院したということは、やはり異常は認められなかったのだろう。
ホッと息を吐いたら、勢い込んで走ってきたのを看護師たちに揶揄われてしまった。
「先生ったら、そんなに慌ててどうなさったんですか?」
「今日はこちらで診察のない日ですよね」
「チョッと検査結果が気になって」
「陸君、可愛いですものね」
ほんの一泊の入院でも、愛くるしい陸はすっかり人気者のようだ。
検査を終えて元気に退院していく姿を見送った看護師たちは、みな優しい表情だ。
「検査結果もよかったですよ」
「ああ、安心したよ。じやあ、また」
「あれ? 先生?」
院内は静かにという掲示板を気にもせず、燈生はとうとう走り出した。
なんとか明日香と話しをしないと、また見失いそうだ。
陸を連れて大学病院を受診した時の明日香の表情が思い出される。
子どもの病状を心配しているうえに、燈生と再会した驚きで真っ青になっていた。
もう二度とあんな顔をさせたくない。
会いたかった、誰よりも大切な人だから。
三階から一階の玄関ホールまでの下りエスカレーターに、陸を抱いて荷物を肩にかけた明日香の姿が見えた。
「明日香!」
ふたりを見下ろす形になったが、燈生は病院だということを忘れて力いっぱい叫ぶ。
いきなり燈生が大きな声を出したものだから、周囲にいた看護師たちはいっせいに驚いた顔だ。
何事かと顔を見合わせて、中には声をかけてくるスタッフもいる。
「坂野先生?」
「何事ですか?」
彼らを振り切って、燈生はエスカレーターを走り降りた。
あまりにも注意を集めてしまったからか、明日香は目立たないよう一階のホールの隅に移動して、立ちつくしている。
ここから去るべきか、燈生と話すべきか、困惑している表情だ。
「燈生さん」
息を切らしている燈生に、明日香は戸惑った表情だ。
明日香から久しぶりに名を呼ばれて、思わず破顔してしまう。
「明日香、すまない待たせてしまって」
「お忙しいんですもの」
「君と、まだ何も話せていない」
明日香が黙り込んでしまった。その胸に抱かれている陸が、燈生をじっと見つめてくる。
キラキラとした瞳に見つめられて、燈生の胸にわが子への思いが溢れてきた。
「陸……パパって呼んでくれないか」
「パパ?」
キョトンとしたまま、陸は難しい顔になってしまった。
いきなりだから、目の前の燈生とパパという言葉が繋がらないのかもしれない。