大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
「ダメよ、燈生さん。こんなところで」
周囲から寄せられる好奇の視線に気がついたのか、明日香が陸を抱き寄せる。
それが燈生には自分が拒絶されたように思える。
だが、自分がどんなに滑稽でも引き下がることはできない。
「すまなかった」
燈生の言葉に驚いたように、明日香が大きく目を見張る。
「謝らないで……」
「明日香。会いたかった。すまない、帰国してすぐに会いに行けなくて」
燈生の口から最初にこぼれたのは、明日香への謝罪の言葉だった。
だが明日香はその言葉を聞いて、逆に辛そうな顔をする。
「私こそごめんなさい。あなたに黙って……」
ふり振り絞るような苦しそうな声だ。
明日香はマンションを出たこと、黙って子どもを産んだことにずっと胸を痛めていたのだろう。
「気にするな。父にあれこれ言われたんだろう。すべて聞いたよ」
「え?」
「亡くなる前に、すべて話してくれた。君に謝りたいと言っていたよ」
ここが病院の玄関ロビーだということは、もう燈生の頭の中になかった。
燈生は、ギュッと明日香と陸を抱きしめる。
「もう俺たちの邪魔をするものはなにもないんだよ」
「でも、あなたはあの方と結婚したんじゃ」
「あの方? 誰のことかわからないが、俺の妻は君ひとりだ。君と約束しただろう」
そんなデマが明日香に伝わっていたのかと、悔しい気持ちでいっぱいだ。
ふたりの気持ちがすれ違ってきたことが残念でならない。
「でも、私、」
「君はちゃんと俺を待っていてくれた。陸を産んでくれたじゃないか」
明日香の顔をのぞくと、その目には涙が浮かんでいた。
「パ~パ?」
その時初めて陸がゆっくりと声に出して、燈生を呼んだ。
「陸」
「パパ?」
「そうよ、陸。陸のパパよ」
涙を流しながら陸に告げる明日香を、もう一度燈生は抱き寄せた。