大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
噂の心臓外科医は、仕事に厳しい人のようだった。
赴任してからしばらく経つと、新人のナースが厳しく指導されたという話や、カンファレンスで治療方針の確認だけでなく医師同士がもっと勉強すべきだと意見した話が漏れ伝わってきた。
しかも難しい手術を次々に執刀して、患者を救っているらしい。
あっという間に、優秀だけどクールだというイメージが定着していた。
家柄といいスペックといい坂野医師は高根の花で、スタッフが気安く声をかけていい存在ではなさそうだ。
そんな時、明日香にも噂の心臓外科医と話すきっかけができた。
先天性の心臓疾患の患者が入院したため、食事制限について説明を求められたのだ。
患者はまだ三歳の子どもだった。
幼児の場合、家族も食事制限に馴染みがないし食べさせるにも時間がかかる。
おまけに成長するために必要なカロリーを摂取させなければならないから食事は大切なのだ。
心臓に病気を抱えた子どもにとって、これから生きていくためには生活習慣が重要になる。
運動や食事についての知識は、家族にもしっかり覚えてもらいたいところだ。
アメリカ帰りだという心臓外科医は、日本の子どもの食事情を知りたいのだろう。
管理栄養士として、明日香は少しでも患者や家族の役に立ちたかった。
指定された時間の少し前に、明日香は面談室のドアの前に立った。
医師や患者との栄養指導には慣れているはずなのに、あれこれ噂を先に聞いていたせいか、いつになく緊張している気がする。
(大丈夫、いつも通りにするだけよ)
深呼吸してからドアをノックした。
「失礼します」