あやかし王は溺愛する花嫁に離縁を言い渡される
 不思議だった。

 死ねば思考も体の感覚も失い、無になるものだと思っていた。

 しかし、琴禰は考えることもできるし、体の感覚もあるのだ。

 ただ目を瞑っているだけのような奇妙な感覚だった。

 外は異様なほどに静寂に包まれていた。全てのものが破壊し尽くされたのだろう。

(起きなくちゃ)

 琴禰は目を開けることができた。けれど、開けることが怖かった。

 目を開けたとき、そこには死の世界が広がっているのだろうか。

 天国か地獄か。閻魔大魔王様の審判を受けるのか。

 琴禰は恐れながらも、ゆっくりと瞼を開いていった。

 そして、そこに広がる世界は、琴禰にとっては地獄よりも残酷な光景だった。

 地面は黒い煤で覆われ、琴禰の住んでいた屋敷は無残に砕け散っていた。

 折れた柱、地に伏した屋根、散らばった屋根瓦。

 さらに、遠くに見える屋敷は長屋門もろとも砕け、見る影もなかった。村は、原型を留めておらず、山は火で覆われていた。

 そこかしこに、人が倒れているのが見える。

 そして、琴禰に覆いかぶさるように倒れている見慣れた人物。

 琴禰の心臓が大きく波打った。

 薄い紫を帯びた白地の着物は、黒く汚れていた。
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