とある賢者の執着愛ーー貴女を他の誰かに取られるくらいなら

とある賢者Side



 破棄から一転、王子の婚約発表は街の酒場も盛り上げていた。

 なにせ賢者の花嫁を奪い取るという、お伽噺めいた展開。保守的な王家が美しい姫君の為に立ち上がる様は酒のつまみにもってこい、あちらこちらで乾杯の音が響く。

「はい、お待ちどおさま。お兄さんも王子の婚約を祝うクチかい?」

 カウンターに座る黒髪の青年は見慣れぬ顔で、マスターはその表情を覗き込む。

「お兄さん、何処かで会った? 珍しい目をしているな」

 青年は首を横に振り、髪と揃いの瞳を前髪で隠す。その仕草から詮索を嫌がっていると判断したマスターは離れて行った。

 青年は酒を一気に煽ると口元を拭う。すると派手な衣装を身に着けた女性が入れ替わりで隣へやって来る。

「おやおや、良い飲みっぷりだねぇ。何か嫌な事でもあったのかい?」

 青年の肩をツンッとつつき、指を滑らせた。けれど青年は女性に一目もくれず、残りの酒を流し込む。

「あんた、この辺じゃ見ない顔だ。名前は? アタシはオリヴィア、噂のお姫様と同じさ!」

 女性の自己紹介に視線を流す青年。彼の瞳の仄暗さに女性は息を飲む。

 青年の醸し出す雰囲気は形容しがたい。まるで深い森へ迷い込むような奥行きがあり、踏み入れたい気持ちと踏み入れてはいけない気持ちが複雑に交差する。
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