とある賢者の執着愛ーー貴女を他の誰かに取られるくらいなら
「ーー私は彼女の幸せをずっと、ずっと願っていた」

 二杯目が注がれ、それを煽りつつ身の上を零す青年。色恋に聡い女性は青年が失恋したのだと勘付き、慰めの構えをとった。

 しかし、強調した胸元をくっつけた時、青年の体温の低さに驚く。彼の肌は銅像みたく冷たいのだ。

「一つ、昔話を聞いてくれないか?」

 青年は逃げ出そうとする女性の腕を掴む。黒い瞳を三日月に似た細め方をし、この場から逃さない。

「マスター、彼女にも何か」

 注文すると、真っ赤なカクテルが女性の前に運ばれる。

「私はね、とある契約に縛られていたんだよ。それは私にとって永遠であり、もう叶わぬ夢だと諦めていた」

「契約?」

 女性は座り直し、恐るおそる聞き返す。何故だか青年の語り口は興味をそそられ、閉ざされた宝箱が開く感覚に陥った。

「君もオリヴィアといったね? 君の幸せは何?」

「幸せ? そ、そうねーーお金持ちになって日々の暮らしに困らない事かしら。それと素敵な旦那様に見初められたいわね」

 女性の分かり易い幸福像に青年は頷く。

「そう、それでいい。他者より裕福でありたい、成功したい、私はそんな願いを託される存在なのだから」

 青年の声音がここで低くなる。

「ところが私のオリヴィアは違った。彼女は私の幸せが自分の幸せだと言う。富も名誉も望まない、それでは私がしてやれる事はないじゃないか! オリヴィアの幸せをずっと願っていたのに!」
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