とある賢者の執着愛ーー貴女を他の誰かに取られるくらいなら


 ーーここは、とある酒場。

 見るからに育ちの良いお嬢様が酒を煽り、くだを巻いていた。

「せーっかく冒険者として登録したのに、ジョシュアったら私を置いていくなんて酷いわ!」

「ですから今回の仕事はお嬢様が出るまでもないと説明したじゃないですか? あぁ、もう今日の報酬を全部飲み代にする気ですか?」

「あ、また私をお嬢様って言ったわね! 減点! マスター、もう一杯持ってきてぇ」

 この二人は最近街へやってきた冒険者らしく、男の方がかなり腕が立つとたちまち評判になり、一方女はあぁして拗ねた様子をよく目撃される。

「これ以上の飲酒は明日に響きます。止めましょう」

「あら、私には響く用事なんてなくってよ? 宿でジョシュアの帰りをじーっと待っているだけ。つまらないわ! つまらないから浮気でもしちゃおうかしら。ねぇねぇ、貴方、明日は何してるの?」

 やりとりを眺めていた男に女は手を振り、話し掛けた。女に隙あらば誘いたいと狙う輩は多い。寄った勢いとはいえ声がかかった男はすぐさま腰を上げた。

 上げたのだがーー。

「さて、私の花嫁に手を出せばどうなるのか。火を見るより明らかなのでは?」

 黒い眼差しを対象の男に、それから周囲へも向ける。
 何故だか彼らはあの花嫁に手を出してはならないと本能的に覚えている気がして、身震いした。
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