とある賢者の執着愛ーー貴女を他の誰かに取られるくらいなら
「浮気なんて物騒な言葉を口にしたおしおきをせねばなりませんね。帰りますよ」

 ちなみにそう言う彼が何より物騒で。半ば強制的に花嫁とやらを担ぐと出て行ってしまった。
 おしおきとは何ぞや、その場に居合わせた全員が桃色の想像を巡らせたのは仕方がないか。

「オリヴィア」

「なぁに、メルキオール」

 酔い冷ましの寒空の下、冒険者等は互いの名を呼ぶ。本名を呼び合う時は恋人の時間となり、より甘い空気が漂う。

「明日、いえ今日は仕事を休みます。貴女とゆっくり過ごしたいので」

「勤勉なメルキオールにしては珍しいわ」

「オリヴィアが世界中を周りたいというので冒険者となっただけ。貴女に愛想つかれてまで人助けをするなど本末転倒ですから」

「ふふ、賢者らしからぬ発言ね? 困っている人々を助ける冒険者という職業は素敵よ」

「貴女こそ、お嬢様気質が抜けきらないじゃないですか。いいですか? 男はみんなオリヴィアを口説こうとするんです! 優しくしたり微笑みかけてはなりません」

 あの夜以降、表世界でのオリヴィアとメルキオールは姿を眩ませた体になっており、もう二人を縛る祝福も呪いも無い。風の吹くまま様々な国を渡り歩いている。

 オリヴィアは月に手を伸ばす。彼女の瞳は段々と闇夜と同じ色になりつつあった。それが人としての時が流れなくなる症状だと承知し、受け入れる。

 何故ならーー。

 オリヴィアの側には彼女の貯めならばこの月さえも落とし、捧げようとする男がいるからだ。本当は淋しくなど思う隙がない。浮気なと考えられない。
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