夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

24 たくらみ

 帝都のノルラント侯爵家の居間に、キャロラインの金切り声が響きわたった。
「嫌よ! どうして私が……!」

 侯爵夫妻に食ってかかるキャロラインは涙目。
 子煩悩で知られ、どんなわがままも叶えてくれようとする両親だったが、今日彼らが娘に注ぐ眼差しは険しい。

「わがままを言うな。たたかが二十、年上なだけだろう」

 キャロラインは十六歳。相手は三十五歳の子爵家の男。ただでさえ身分違いだというのに、相手にはさらに二度の離婚経験がある。

「どうしてですか! わたくしには、相応の結婚相手を選んでくださる、お父様はそう仰ってくださったではありませんか!」
「だから相応しい相手だろう」
「子爵ですわ! あ、あの女の夫よりもさらに格下の相手だなんて……!」

 侯爵家の娘が格下に嫁ぐなんて、それだけでも不名誉極まりない出来事だ。
 姉のフリーデならばいざ知らず、どうして社交界の華である自分がそんな目に遭わなければならないのか。同じ侯爵家でなければ、いや、せめて伯爵でなければ釣り合いが取れない。

「……仕方ないだろう。我が家の家計が火の車だという噂がすでに広まりつつある今、相手などおらん。バーノン子爵家の当主様がようやく手を挙げてくださった。子爵家は銀行を経営されているから」

 不作のせいで領地からの上がりが少なく、その穴埋めをしようと父が投機に手を出して失敗。侯爵家の屋台骨は揺らぎに揺らいでいる。
 屋敷にあった美術品やビンテージの家具を売り払い、穴埋めしても足りなかった。

「お父様の尻ぬぐいを、わたくしにせよ、と仰るんですか!?」
「口に気を付けろ!」
「ひ……!」

 父からの剣幕に、喉から悲鳴が漏れた。今まで父の感情の行き先は常に姉だった。
 地味で、半分も自分と同じ血が流れていることを認めたくなかった異母姉。
 妹だけでなく、使用人にまで舐められ、ついには戦争にしか興味のない伯爵に貰われていったどこまでも哀れな侯爵家の金づる。
 キャロラインはさっきから黙っている母親に目をやる。彼女は顔を歪めたまま、唇を硬く引き結んでいる。

「お母様も何とか仰って!」
「……お父様の仰る通りよ。わがままはやめなさい。あなたは侯爵家の娘。家のために嫁ぐのは名誉なことなんだから」

 娘を一瞥することなく、母親は告げた。
 母まで、キャロラインを、姉のように切り捨てようというのか。

「そうだ、お前は侯爵家の娘だ」

 父は妻の賛同を得て調子づいた。
 そのたるんだ二重顎の醜い顔にはりついたのは、狡猾さ。

「恨むのなら、私たちは見捨てたフリーデに言うんだな」

 キャロラインは父に命じられるがまま、北部へ向かい、金になりそうなものを取ってくるはずだったが、その目論見は失敗した。
 キャロラインは宝飾品の一つも手に入れられず、散々蔑んできた異母姉に平手で叩かれ、追い出され、すごすごと戻ってきたのだった。

「ねえ、お父様から伯爵に言って! お父様からの言葉だったら、聞くでしょ!?」
「もうすでに手紙は何十通も出した。ぜんぶ、梨の礫だ!」

 キャロラインは両手をぎゅっと握り締める。

 ――ぜんぶ、ぜんぶ、あの女が悪いのよ……我が家の疫病神!

 とんでもない八つ当たりだが、キャロラインの中では筋が通っていた。
 ずっと従順でドレスや宝石を贈ってきたのに、それをやめるなんて何様なんだ。

「……夫に愛されず、愛人の子と屋敷で暮らしてる分際で……」
「愛人の子?」
「侯爵家には子どもがいたんです。フリーデはあの男の恩人の子とか言ってましたけど、うさんくさい。でも顔はイケてたわね。将来、かなりいい男になりそう。金髪に青い瞳なんてまるで先帝陛下みたいで……」

 父親が目を見開く。

「それは本当かっ? 見間違いではないのかっ?」
「見間違うはずがありません」
「本当なんだなっ!?」

 父親は必死の形相で、キャロラインの肩を掴むと揺さぶった。

「お、お父様、一体なんなんですかっ」

 痛みに耐えかね、父親の手を振りほどく。

「あなた、一体どうしたんです?」

 母が不思議そうな顔をするが、父親はブツブツと何かを呟いてたかと思うと、真剣な顔でキャロラインを見る。

「すぐに陛下に謁見する。キャロライン、今見たことを陛下にもお話するのだ。分かったな?」
「え?」
「分かったな!」
「は、はい……」

 父親の必死さに、キャロラインはこくりと頷いた。



 早速、ドレスを着替えたキャロラインは父と共に、馬車で宮殿へ向かう。
 馬車に揺られながら、自分が着ている先シーズンに流行った青いドレスを見つめ、キャロラインは表情を曇らせる。

 ――陛下に謁見するというのに、こんなみすぼらしいドレスだなんて……ぜんぶあの女が悪いのよ! ああ、腹立つわっ!

 宮殿に到着すると、父親の後をついて謁見の間へ。
 どうして父親がこんなに慌てているのか理解できない。馬車の中でどれだけ聞いても、教えてくれなかった。
 そのくせ偉そうについてこいと言うのだから、内心不満だらけだ。

 ――なんて身勝手なのかしら!

 謁見の間に到着するが、玉座は空いている。
 急遽ということもあり、その場でしばらく待たされた。
 そして先触れが国王の入場を伝える。
 キャロラインたちはそれを最敬礼で出迎える。
 国王は「楽にせよ」と、キャロラインたちを見下ろす。

「侯爵、重大な用件らしいが?」
「はい。仔細は娘から」
「ほう?」

 父に促され、キャロラインは自分が北部で見た子どものことについて話す。
 と言っても、父親に話したのと同じ内容だ。

 ――愛人の子どものことがそんなに気になるの?

 最初は興味なさそうに頬杖をついていた国王だったが、次第にその顔が驚きに変わり、前のめりになった。

「キャロライン、今口にしたことは確かなのだなっ」
「は、はい……左様でございます、陛下」
「ふむ」

 国王は不敵な笑みを浮かべた。

「陛下、これほど有益な情報でございますので」
「うむ、侯爵よ。もし本当ならばこれは大きな手柄となる。褒美をとらせよう。ただし、それが本当にあの男の子ならば、だ」

 状況を理解できていないのは、キャロラインだけだった。
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