夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

28 不安

 翌日、フリーデが目覚めると、すでに昼を過ぎていた。

「おはようございます、奥様」

 メイドがうやうやしく頭を下げる。

「おはよう……ユーリは?」
「ユーリ様でしたら、剣術の稽古をされていますが」
「ありがとう」

 フリーデは駆け足で外に飛び出し、訓練場へ向かった。

「しっかりと相手を見定め、剣を振るんです」
「こ、こうっ?」
「そうです。その調子ですよ」

 ユーリはスピノザから剣の訓練を診て貰っていた。何の問題もないと分かって全身から力が抜ける。
 スピノザとユーリがフリーデに気付く。

「フリーデ様ー!」

 ユーリがこちらに手を振ってくるのを、微笑みながら手を振り返した。
 そして休憩時間になると、ユーリが駆け寄ってくる。

「もう体調はいいの?」
「ええ。たっぷり休んだし、昨日はよく眠れる薬をマリアに処方してもらったからもう大丈夫」
「顔色もいいみたいで安心したっ」
「昨日はごめんね」
「謝らないで。春はまたくるんだから。フリーデ様の体調が一番だしっ」
「ユーリ、ちょっとスピノザに来るよう言ってくれる?」
「分かりました」

 ユーリがスピノザに伝言を伝えると、すぐに彼が駆け寄ってきてくれる。

「奥様、どうされましたか?」
「不審者は見かけなかった?」
「いいえ、特には。何か心配事でも」
「祭りで色々と見知らぬ人たちの出入りがあったでしょ。それで少し心配になったの」
「ご安心下さい。その点は抜かりはございません」
「そうよね。ありがとう。それからユーリの警護なんだけど、気を配って欲しいの。馬でこのあたりを走る時にも」
「分かりました。昨日なにかありましたか?」
「ううん、ちょっと心配になって……。駄目ね。過保護で」

 とりあえず笑って誤魔化す。

「分かりました。その点もご安心ください」
「助かるわ」

 スピノザはユーリの元に戻ると訓練を再開した。
 スピノザや他の騎士たちもいるのだから心配はないと思いながら、どうしても見守っていたくて結局、訓練が終わるまで待っていた。そして訓練が終わると、ユーリの元に行き、手を引いた。

「さ、しっかり汗を流しましょう」
「フリーデ様、今日はこれからローランに乗ろうと思ったんだけど」
「今日はもうたくさん体を動かして疲れてるでしょう。昨日の今日なんだからしっかり休みを取らないと。体を休めるのも訓練のうちでしょ」
「……分かった。今日はもうこれで終わりにする」

 こんなことまで口を出したことなどなかったから変に思われてしまっただろうが、素直なユーリはそんなことをおくびにも出さず、言われた通りにしてくれる。
 他愛ない話をしながら屋敷へ戻る途中、見知らぬ男性を見かけた。

「誰か!」
「どうされましたかっ」

 そばにいた騎士たちが慌てて駆けつける。

「見知らぬ人がいるわ。勝手に敷地内に入らないようにしてっ」
「わ、分かりました」

 騎士たちが見知らぬ男の元へ殺到していく。その様子を、フリーデは表情を強張らせながらじっと見つ
める。
「フリーデ様、手、痛い……っ」
「!」

 強く握り締めてしまった手から力を抜くと屈み込み、手をさする。

「ご、ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって。行きましょう」

 騎士たちが男に接触する。突然、大柄な騎士たちに囲まれ、男性はおろおろしている。
 見知らぬ男性の処置は騎士に任せ、屋敷に戻った。



 夜、ベッドで眠ったユーリの頭を撫でながら考えることは、刺客のこと。

 ――あの男が北部にきたのは、ユーリが生きてるって確信があったから?

 偶然なはずがないし、他人の空似でもない。
 物語と筋書きが違うのは、フリーデが生きていることとも関係はあるはず。
 あの刺客はきっとどこからか屋敷の様子を窺っているだろう。
 しっかりと守らせれば、ユーリは無事だろう。

 ――しばらく乗馬はやめさせたほうがいいかもしれない。勉強に集中させて屋敷から出ないように。その間に騎士たちに周辺を探ってもらって異常がないかをしっかりと……。

 ギュスターブが寝室へ入ってくる。

「あ、ギュスターブ様」
「スピノザから聞いた。ユーリの警護を厚くしろと命じたらしいな」
「……あ、ごめんなさい。勝手に」
「いや、伯爵夫人の権限として当然だ」
「今日の昼間、不審者を見かけたんですけど、どうなりましたか?」
「安心しろ。あれは獣医だった」
「え、でもいつもの方とは」
「いつもの医者が急病で、代わりが来たんだ」
「そ、そうでしたか……」

 ほっと胸を撫で下ろす。その様子を、ギュスターブがじっと見つめる。

「どうして突然、警戒しだしたんだ?」
「そんなことはありません。前から警戒してます。だって、ユーリは前皇帝の息子……正当な跡継ぎなんですから」
「それはそうだが、これまでは細かく指示したりしなかっただろう」

 ギュスターブの表情を見る限り不審に思っているというよりも、心配していると言ったほうがいいかもしれない。

 ――本当のことを言っても、理解されないわよね。

 ギュスターブとの距離が近くなっている自覚はあるが、それとこれとはまた別だ。
 もしフリーデが逆の立場だったら、物語の世界が……なんて話をされたら戸惑うし、相手のことが心配になってしまうだろう。

「……馬鹿な理由だって笑わないでくださいね」
「お前がどんな妄想めいたことを話したとしても笑わない」
「……ユーリが刺客に襲われる夢をみて。そのせいでずっと心配で。夢だって分かってるんですけど……」
「分かった。それなら、しばらくは護衛の人数を増やすし、決して一人にしないよう命じる」
「ありがとうございます。それから遠乗りもしばらくは休ませたいんです。城の外は危ない気がして」
「それも分かった。他には?」
「他には……ひとまずはそれで」
「残念がるだろうが、お前が見た夢のことを伝えればユーリも理解するだろう。賢い子だからな」
「色々とすみません。ちゃんとした根拠もないのに……」
「ユーリのためだろう。心配するな」
「ありがとうございます」

 笑顔を見せたフリーデは布団にもぐりこんだ。
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