婚約者に殺されかけた氷の聖女は、敵国となった追放先で幸せを掴む
一輪の花
しばらくの間、身体を包む心地良い風を感じながら、舞い上がる花弁をうっとりと眺めていたアマリリスは、真剣な表情になってヴィクターを見つめた。
「ヴィクター様、お願いがあります」
「何でしょうか?」
ほんの一瞬躊躇ってから、アマリリスは続けた。
「こんなことをヴィクター様にお願いするのは、おこがましいかもしれませんが。……私を、ヴィクター様の弟子にしてはいただけませんか?」
ヴィクターがにこっと笑う。
「いいですよ」
「本当ですか!?」
あまりにもあっさりと彼の了承が得られたことに、驚きを隠せずにいたアマリリスだったけれど、そんな彼女をヴィクターはじっと見つめた。
「ですが、教えてください。貴女は、何のために魔法を学びたいのですか?」
「こんな私でも、誰かの役に立てるようになりたいのです」
アマリリスも真っ直ぐにヴィクターを見つめ返した。必死な面持ちで、彼女は続けた。
「聖女の杖を失った今、私の魔法は人並み以下だと思います。それでも、このライズ王国と私の母国との間で争いが起こるかもしれないという時に、ただ指を咥えて見ているというのは嫌なのです」
「ほう。具体的には、どんな魔法を習得したいのですか?」
「できることなら、人を守り、癒すことのできる魔法――防御魔法と回復魔法を。……ラッセル様に魔法を教わっていた時にも、あらゆる種類の魔法を学びはしたのですが、攻撃魔法よりも、防御系や回復系の魔法に適性があるようだと、そう言われました」
「さすがはラッセル様ですね。アマリリス様と話していて、私も同じ印象を受けました」
微笑んだヴィクターに、アマリリスは不思議そうに尋ねた。
「話しているだけでも、わかるものなのですか?」
「まあ、ある程度は。アマリリス様、貴女は優しいお方です。先日、シュヴァール王国の王宮でお会いした時にも、すぐにロルフの不調に気付いて、心配してくださいましたね」
「うん、そうそう!」
ロルフがヴィクターの言葉にこくこくと頷く。
「あの時は、たまたまロルフ君の顔色が悪いことに気付いただけでしたが……」
アマリリスの言葉に、ヴィクターは首を横に振った。
「外国の、しかも小国として軽んじられている国から来た私たちに、誰もがそれほど注意を払っていませんでした。それなのに、貴女はすぐに彼のところにやって来てくれた。気配りが細やかで優しい貴女はきっと、実戦の場で、攻撃魔法を使うことを躊躇ってしまう……いや、使うことができないでしょう」
アマリリスは思わず口を噤んだ。確かに、ヴィクターの言う通り、学ぶべき魔法の一つとしてなら攻撃魔法を使うことができても、人間相手に攻撃魔法を放つことは、アマリリスには想像がつかなかった。
彼女の瞳の色から内心を察したように、ヴィクターは穏やかに笑った。
「一般に、そういう方にはあまり攻撃魔法は向かないのですよ。まだ、魔物相手になら攻撃魔法を使えたとしてもね」
「そういうものなのですね」
頷いたアマリリスに向かって、ヴィクターは尋ねた。
「せっかくですし、貴女の魔法を今から見せていただいても?」
「はい。ただ、先程もお伝えしたように、まだ半人前ではありますが」
「構いませんよ。では、早速ですが、防御魔法を発動させていただけますか?」
「わかりました」
アマリリスが意識を集中させて、光魔法の一種である防御魔法を静かに唱えると、仄かな光の膜が浮かび上がった。
薄く淡い光の膜を眺めて、彼女は小さく息を吐いた。
「聖女の杖がない今は、この程度の魔法しか使えずにいます」
「なるほど」
興味深そうにアマリリスを眺めていたヴィクターは、きらりと瞳を輝かせた。
「貴女は、恐らく力の使い方を変えれば、使うことができる魔法も変わってくると思います」
「力の、使い方……?」
「ええ。どうやら無自覚でいらしたようですが、貴女が魔物に襲われかけていた時に発動させた防御魔法は、素晴らしいの一言でしたから」
「えっ?」
頭に疑問符を浮かべたアマリリスに、ヴィクターは微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。聖女の杖がなくたって、コツさえ掴んでしまえば、かなり高度な魔法だって使えるようになるでしょう。ね、ロルフもそう思うでしょう?」
ロルフはにっこりと頷いた。
「うん!」
アマリリスの背後に、ロルフがじっと目を向ける。彼の目には、アマリリスの側に佇んでいる、まるで光が集まってできているかのような、透き通った姿をした美しい精霊の姿が見えていた。
(こんな精霊の加護がある人なんて、僕、初めて見たもの)
シュヴァール王国の王宮でも、精霊に愛されているアマリリスを間近で見て、感動のあまり、それまでの気分の悪さなどどこかへ飛んで行ってしまったことを、彼は思い出していた。
ロルフはアマリリスを見上げて笑いかけた。
「これから、一緒に魔法を学べるんですね。どうぞよろしくね、アマリリス様」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それから、ロルフ君の方が兄弟子になるのですから、様付けはなしでお願いします」
「あ、兄弟子……!」
その言葉の、どこか自尊心がくすぐられるような響きに、ロルフは興奮気味に頬を紅潮させていた。
「じゃあ、これからはアマリリスさんって呼びますね」
「はい。……ヴィクター様も、どうぞよろしくお願いします。弟子入りを認めてくださって、感謝しています。もう、私に対する過分なお気遣いは不要ですから」
ヴィクターに向き直ったアマリリスに、彼はにっこりと笑った。
「こちらこそよろしく。では、貴女をアマリリスと呼ばせていただきますね。ああ、そうだ」
彼がぱちりと指を弾くと、またふわりと風が舞った。
(……?)
何が起こったのだろうとアマリリスが目を瞬いていると、彼女の元に、一輪の花が風で運ばれてきた。重なる白地の花弁にほんのりと紅が差しているその花を、アマリリスが両手で受け止める。
「これは……」
可憐な花を眺めていた彼女に、ヴィクターが穏やかに笑った。
「弟子入り記念のプレゼントですよ。それは貴女と同じ名前の、アマリリスの花です」
「……可愛いお花を、ありがとうございます」
アマリリスの顔が輝く。それは彼女にとって特別な思いのある、大好きな花だった。ヴィクターから受け取ったその花を、彼女はそっと胸に抱き締めるように抱えていた。
「あっ。初めてそんな風に笑ってくれたね、アマリリスさん」
ロルフの言葉に、ヴィクターも嬉しそうに頷いている。自分が自然に笑えていることに気付いて、はっとしたアマリリスの頬は、腕に抱いた花とよく似た色合いに色付いていた。
「ヴィクター様、お願いがあります」
「何でしょうか?」
ほんの一瞬躊躇ってから、アマリリスは続けた。
「こんなことをヴィクター様にお願いするのは、おこがましいかもしれませんが。……私を、ヴィクター様の弟子にしてはいただけませんか?」
ヴィクターがにこっと笑う。
「いいですよ」
「本当ですか!?」
あまりにもあっさりと彼の了承が得られたことに、驚きを隠せずにいたアマリリスだったけれど、そんな彼女をヴィクターはじっと見つめた。
「ですが、教えてください。貴女は、何のために魔法を学びたいのですか?」
「こんな私でも、誰かの役に立てるようになりたいのです」
アマリリスも真っ直ぐにヴィクターを見つめ返した。必死な面持ちで、彼女は続けた。
「聖女の杖を失った今、私の魔法は人並み以下だと思います。それでも、このライズ王国と私の母国との間で争いが起こるかもしれないという時に、ただ指を咥えて見ているというのは嫌なのです」
「ほう。具体的には、どんな魔法を習得したいのですか?」
「できることなら、人を守り、癒すことのできる魔法――防御魔法と回復魔法を。……ラッセル様に魔法を教わっていた時にも、あらゆる種類の魔法を学びはしたのですが、攻撃魔法よりも、防御系や回復系の魔法に適性があるようだと、そう言われました」
「さすがはラッセル様ですね。アマリリス様と話していて、私も同じ印象を受けました」
微笑んだヴィクターに、アマリリスは不思議そうに尋ねた。
「話しているだけでも、わかるものなのですか?」
「まあ、ある程度は。アマリリス様、貴女は優しいお方です。先日、シュヴァール王国の王宮でお会いした時にも、すぐにロルフの不調に気付いて、心配してくださいましたね」
「うん、そうそう!」
ロルフがヴィクターの言葉にこくこくと頷く。
「あの時は、たまたまロルフ君の顔色が悪いことに気付いただけでしたが……」
アマリリスの言葉に、ヴィクターは首を横に振った。
「外国の、しかも小国として軽んじられている国から来た私たちに、誰もがそれほど注意を払っていませんでした。それなのに、貴女はすぐに彼のところにやって来てくれた。気配りが細やかで優しい貴女はきっと、実戦の場で、攻撃魔法を使うことを躊躇ってしまう……いや、使うことができないでしょう」
アマリリスは思わず口を噤んだ。確かに、ヴィクターの言う通り、学ぶべき魔法の一つとしてなら攻撃魔法を使うことができても、人間相手に攻撃魔法を放つことは、アマリリスには想像がつかなかった。
彼女の瞳の色から内心を察したように、ヴィクターは穏やかに笑った。
「一般に、そういう方にはあまり攻撃魔法は向かないのですよ。まだ、魔物相手になら攻撃魔法を使えたとしてもね」
「そういうものなのですね」
頷いたアマリリスに向かって、ヴィクターは尋ねた。
「せっかくですし、貴女の魔法を今から見せていただいても?」
「はい。ただ、先程もお伝えしたように、まだ半人前ではありますが」
「構いませんよ。では、早速ですが、防御魔法を発動させていただけますか?」
「わかりました」
アマリリスが意識を集中させて、光魔法の一種である防御魔法を静かに唱えると、仄かな光の膜が浮かび上がった。
薄く淡い光の膜を眺めて、彼女は小さく息を吐いた。
「聖女の杖がない今は、この程度の魔法しか使えずにいます」
「なるほど」
興味深そうにアマリリスを眺めていたヴィクターは、きらりと瞳を輝かせた。
「貴女は、恐らく力の使い方を変えれば、使うことができる魔法も変わってくると思います」
「力の、使い方……?」
「ええ。どうやら無自覚でいらしたようですが、貴女が魔物に襲われかけていた時に発動させた防御魔法は、素晴らしいの一言でしたから」
「えっ?」
頭に疑問符を浮かべたアマリリスに、ヴィクターは微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。聖女の杖がなくたって、コツさえ掴んでしまえば、かなり高度な魔法だって使えるようになるでしょう。ね、ロルフもそう思うでしょう?」
ロルフはにっこりと頷いた。
「うん!」
アマリリスの背後に、ロルフがじっと目を向ける。彼の目には、アマリリスの側に佇んでいる、まるで光が集まってできているかのような、透き通った姿をした美しい精霊の姿が見えていた。
(こんな精霊の加護がある人なんて、僕、初めて見たもの)
シュヴァール王国の王宮でも、精霊に愛されているアマリリスを間近で見て、感動のあまり、それまでの気分の悪さなどどこかへ飛んで行ってしまったことを、彼は思い出していた。
ロルフはアマリリスを見上げて笑いかけた。
「これから、一緒に魔法を学べるんですね。どうぞよろしくね、アマリリス様」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それから、ロルフ君の方が兄弟子になるのですから、様付けはなしでお願いします」
「あ、兄弟子……!」
その言葉の、どこか自尊心がくすぐられるような響きに、ロルフは興奮気味に頬を紅潮させていた。
「じゃあ、これからはアマリリスさんって呼びますね」
「はい。……ヴィクター様も、どうぞよろしくお願いします。弟子入りを認めてくださって、感謝しています。もう、私に対する過分なお気遣いは不要ですから」
ヴィクターに向き直ったアマリリスに、彼はにっこりと笑った。
「こちらこそよろしく。では、貴女をアマリリスと呼ばせていただきますね。ああ、そうだ」
彼がぱちりと指を弾くと、またふわりと風が舞った。
(……?)
何が起こったのだろうとアマリリスが目を瞬いていると、彼女の元に、一輪の花が風で運ばれてきた。重なる白地の花弁にほんのりと紅が差しているその花を、アマリリスが両手で受け止める。
「これは……」
可憐な花を眺めていた彼女に、ヴィクターが穏やかに笑った。
「弟子入り記念のプレゼントですよ。それは貴女と同じ名前の、アマリリスの花です」
「……可愛いお花を、ありがとうございます」
アマリリスの顔が輝く。それは彼女にとって特別な思いのある、大好きな花だった。ヴィクターから受け取ったその花を、彼女はそっと胸に抱き締めるように抱えていた。
「あっ。初めてそんな風に笑ってくれたね、アマリリスさん」
ロルフの言葉に、ヴィクターも嬉しそうに頷いている。自分が自然に笑えていることに気付いて、はっとしたアマリリスの頬は、腕に抱いた花とよく似た色合いに色付いていた。