アヤメさんと僕
清算のカウンターで彼女は一枚の半紙を取り出した。
そこには毛筆で――。

  杜若 丈夫

やわらかいのに凛とした、しなやかな文字。
こんなに美しい自分の名を見るのは初めてだった。

「ご祝儀袋を書く時の手本にしなはれ。いい名前や。いい名前やよ」
その言葉を聞いて、自分の名前が前より好きになれそうな気がした。

それからアヤメさんはヨイショッと手押し車を回転させた。
僕も後からついて店の外に出る。
「アヤメさん、これまでいろいろありがとうございました」
もっと何か言いたくて、あわてて付け加える。
「好きです、僕も、綺女さんの名前――」
(何を言ってるんだ僕は!)

アヤメさんはフフンと笑って、ほんの少しだけ振り返り
「ほなな」
と言って歩き出した。
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