スイーツ王子の溺愛はケーキよりもなお甘い
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石蕗結乃が生まれ育ったのは、都心から電車で三十分ほどの距離にある小さな街だ。
どこか懐かしい情緒を感じさせる商店街の真ん中に、西洋洋菓子店『ノエル』は、ひっそりと軒を構えている。
フランス語で『クリスマス』を意味する名前の通り、茶色の屋根の上に掲げられた看板は赤と緑のクリスマスカラー。
外壁は赤い煉瓦調のタイルで統一され、店舗の入口は丸太を積み上げたような木製の扉が嵌められている。
(今日も良い匂い……)
フィナンシェを陳列していた結乃は作業の手をとめ、フラップ扉の向こうにある作業場から漂ってくる甘い匂いを鼻から吸い込んだ。
店の外にも漏れ出すこの匂いは、聖夜にプレゼントを配るサンタクロースのように、今日も通りがかる人たちに幸せをお裾分けしていた。
「結乃、入口のプレート変えてきてー」
「はーい!」
結乃は母からの指示に従い、入口に下げたプレートを『クローズ』から『オープン』へと変えた。
ノエルの開店時間は朝十時。
ノエルには喫茶スペースとして四人がけのテーブル席がふたつ、二人がけのテーブル席がひとつ設けられている。
プレートを裏返してから数分後には、暇を持て余したマダムたちが来店する。ノエルは彼女達の憩いの場なのだ。
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