スイーツ王子の溺愛はケーキよりもなお甘い

「どうしてもと言うなら、契約を考え直してやろう。そのデカい胸を可愛がる代わりにな!」

 兵頭は舌なめずりしながら、結乃の胸元に手を伸ばしてきた。
 思わずヒッと悲鳴を押し殺す。
 助けを呼ぼうにも兄は作業場だ。
 旧式の大型冷蔵庫が奏でるモーター音にかき消され、いつも店頭の声はほとんど聞こえない。

(い、嫌……!)

 忍び寄る魔の手から逃れるため、身を捩ろうするが、足がすくんでその場から一歩も動けない。
 結乃はなす術なくぎゅっと目を瞑った。
 
「許可もなく女性に触れるのは、どうかと思いますが?」

 結乃がすべてを諦めたのと、男性の声が兵頭を非難したのは、ほぼ同時のことだった。
 恐るおそる目を開けていく。

(誰?)

 兵頭の後ろには、三つ揃えのスーツ姿の男性が立っていた。

「いきなりなんだよ!?」

 結乃への行いを見咎められた兵頭は即座に手を引っ込め、背後に立つ男性を憎々しげに振り返った。
 男性は兵頭の態度に臆することなく続けた。

「買うんですか?買わないんですか?」
「は?」
「ここは洋菓子店でしょう?商品を買うのか買わないのか、はっきりしてください。先ほどからレジが進まないのですが?」

 兵頭は一度もノエルでケーキを買ったことがない。
 母相手に憂さを晴らすと、手ぶらで帰るのが常だ。
 さも迷惑そうに冷たく見下ろされた兵頭の顔が茹でダコのように真っ赤になる。
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