スイーツ王子の溺愛はケーキよりもなお甘い
母とお揃いのプラックエプロン、襟にフリルのついたブラウスとタイトスカートを身に着けた結乃が、ノエルで働き始めるようになったのは今から三年前のこと。
パティシエだった亡き父、販売員として働く母、父と同じパティシエの道を進んだ兄に倣うように、専門学校でフードビジネスを学んだ。
卒業後は迷うことなく家業を手伝うことに決めた。
大手のチェーン店やコンビニエンスストアでも手軽にスイーツが購入できるこの時代、洋菓子店の家族経営は決して楽ではない。
そういった世間の流れの中で、今日まで営業を続けてこられたのは、ノエルが地元の人から愛されているからに他ならない。
――結乃は両親が作り上げたノエルを誰よりも誇りに思っていた。
「いらっしゃいませ~!」
入口の扉に取り付けられたカウベルが鳴ると、結乃は条件反射のように歓迎の挨拶を口にした。
そして、見覚えのあるシルエットだということに気がつくと、はっと息を止める。
上下グレーのスウェット。目深にかぶったフードからチラリと覗く黒縁のボストン型の眼鏡フレーム。センター分けの長めの前髪。
ツンと上を向いた鼻先と薄くて形のよい唇。
(『彼』だ……!)
結乃はにわかに色めき立った。
彼はショーケースに目もくれず、真っ直ぐレジ前にいる結乃へと近づいてきた。
「シュークリームとブレンドコーヒーひとつ。店内で」
「はい、かしこまりました。合計で九百八十円です」
会計金額を告げるやいなや、あらかじめはかったように千円札がトレーの上に置かれる。
先にお会計を済ませお釣りを返すと、お釣りごとポケットの中に手が乱暴に突っ込まれた。