スイーツ王子の溺愛はケーキよりもなお甘い

(まだ食べないの?)

 彼は結乃が持っていったシュークリームを食べるどころか、たっぷり五分は凝視していた。
 上から、横から。果ては皿を持ち上げ、下からも。
 様々な角度でこの日のシューの焼き加減とディテールを目に焼き付けていき、ようやく気が済んだのか、シューを両手でふたつに割いていく。
 そして今度は、カスタードクリームを何分もかけて観察する。

(うーん。今日もすごい入れ込みよう……)
 
 いつしか結乃も彼のこの食べ方を固唾を飲んで見守るようになっていた。
 ノエルにひとりでやってくる男性客自体はそれほど珍しくないが、ここまで微に細に渡りシュークリームを観察する男性は稀だ。
 というか、彼しかいない。

(『シューさん』っていつも平日の朝からうちのお店にくるけど、何をしてる人なんだろう?)

 結乃はちょっと変わった客である彼のことを、『シューさん』と名付けた。
 常連客に勝手にあだ名をつけるのはよくないと思いつつも、これほどわかりやすい記号もない。
 席についてから十分後。
 彼は満足げな笑みを浮かべるとようやくアルミ箔の上にのったシュークリームを食べ始め、ブレンドコーヒーを一気に飲み干した。
 食べ終わると直ぐに席を立つのが、彼のルールだ。

(相変わらずいい食べっぷり)

 結乃は立ち去った後のテーブルをしみじみと見つめた。
 皿の上にシューのひと欠片、粉砂糖の一粒さえ残らぬよう、ものの見事に平らげられている。
 感心しながら食器を片付けていたその時、入口のカウベルが鳴った。

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