スイーツ王子の溺愛はケーキよりもなお甘い
「貸主は新しいビルを建てることで、家賃収入の増加が見込める。借主側と揉めて交渉が長引くことは望まないはずだ。本気で建て替えを考えているのなら、立ち退きの提示額を上乗せしてでも早期同意を求めるか、契約の満了を待つのが普通だ」
四人ともしばし無言になった。
兵頭の目的は一体なんなのだろう。
言われてみると、彼の行動は筋が通らないことばかりだった。
立ち退きの指示は口頭ばかりで必要な書類も用意されていない。
ノエル以外の商店に出入りしている様子もほとんど見られない。
どこか不気味なものを感じる。
「少し調べさせてもらえませんか?」
「え、ええ!ぜひお願いします」
母は渡りに船とばかりに、柊登の提案に飛びついた。
「いずれにせよ、このような事件が起こった以上、早めに移転したほうが安全だと思います。仕事柄、不動産業者とも懇意にしておりますので、近隣の物件もすぐにご紹介できると思います」
「どうする?母さん」
貢はチラリと母の様子を窺った。
石蕗家の最高意思決定者は貢ではなく母だ。
母は迷わずこう言った。
「あの場所でお店が続けられるならそれに越したことはないの。昔からのお客さんもいるし、離れがたいわ」
「ご提案はありがたいんですけど、母もこう言ってますんで。俺達にとってはあの場所で店を続けることに意味があるんです」
「そう、ですか……」
提案を退けられても、柊登は食い下がることなく静かに受け入れてくれた。